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◇◇◇ 始 ◇◇◇

 

 彼の姿を始めて見たのは、一学年下の入学式の時だった。

 在校生代表の挨拶をする友人の背を見るとも無しに見ているうちに、入学する生徒達の中にずいぶんと小綺麗な顔が混ざっていることに気がついたのだ。

 一瞬女かと勘違いしたが、着ているのはガクランだった。

 残念と舌打ちをし、その時はそれきりだった。

 さらに彼のことが話題に上ったのは寮の夕食でだ。

 随分小綺麗なヤツがお前の斜め前に立っていたな、と佐々木に言ったら、呆れた顔をされた。

「篠宮鴇君だろう」

「なんで名前なんかしってんだよ」

「ホントにバカだなお前。新寮生の中に名前があっただろうが。305号室だ」

「へぇ。同じ寮生なのか」

「大して人数はいないんだから把握しろ。多分次の寮長はオレかお前だぞ」

「面倒くせぇ……」

 ぼやくと、ははんと親友は鼻で笑う。

「今までふらふらしてた分、働け。言っておくが次の選挙ではお前を生徒会長に推薦してやる」

「ぜってぇ厭だ!!」

「安心しろ。オレも副会長になって、お前を馬車馬のようにこき使ってやるから」

 事実その通りになったのは、そのすぐ後だ。

 死ぬほど抵抗したが入学当時から武勇伝に事欠かなかった貴志には多くの生徒の面白半分の票が入り、結局大差で当選を果たしてしまったのだ。

「まぁ、そう拗ねるな。まだ決まっていない生徒会陣営は、お前が決めて良いぞ」

 生徒会長、副会長は選挙で。

 それ以外の人員はトップ二人の相談で指名するのが、この学校の慣わしだ。

 宥める言葉で責任を丸投げに寄越した佐々木の背をどつき、それこそお前がやれ、と貴志は罵った。

「ああ、でもそうだな。あれ、入れてくれよ」

「あれ?」

「ほら、この間の小綺麗なヤツ。とき、とかいう名前の」

「……お前がよく覚えてたな」

「変な名前だったからな」

 時折寮や校内で見かける少年は、いつでも小綺麗な顔を俯かせ気味に歩いていた。友人といるところも、笑っているところも見たことがない。

「……難しいらしいが」

「あのチビが?良いじゃないか、とりあえず観賞用でも」

「マスコットはせめて女の子にしとけよ……」

 ため息混じりの友人の言葉を聞き流して、貴志は彼を生徒会に入れることを勝手に決定した。

 

 

「なんだ。まだ残ってたのかお前」

 がらりと生徒会室の扉を開けた途端、貴志はそう声を上げる。

 びくりと震える肩にかまわず、ずかずかと部屋に入ると脅すなよと後ろから佐々木が呆れた声を上げた。

「脅してねぇよ。勝手にびくびくしてるんだ」

「その顔がすでに怖ろしいんだよお前は。……ごめんね、鴇。まだ仕事中だったのかい?」

「………あの。資料の、整理を」

「ああ、ありがとう。でもこんなに根を詰めなくても良いんだよ」

 女子供と小動物にだけ出す友人の優しげな声音に、さしずめこれは小動物だろうなと貴志は当たりをつける。

 難しい、と佐々木が言ったとおりの少年だった。

「おい」

 びく、とまた痩せた肩が震える。

「びくびくするな。何もとって喰おうなんて思ってねぇぞ」

「その言い方が怖いんだって」

 茶々を入れる佐々木をじろりと睨め付ける。大半の生徒から怖がられていることは知っていたが、こうして目の前で怯えられるとそれはそれで気持ちのいいものではない。

 鴇は、仕事に関しては有能だった。

 と言うより、生徒会室にいる間仕事しかしないのだ。

 誰と話すのも拒むように口を噤み、ただ黙々と紙面に視線を落としている。

「お前、教室でもそうなのか」

「……え?」

「ずっと教科書とか本とか見てンのか。友達いなさそうだな」

「………」

「お前に人のことが言えるのかよ」

 呆れた声を佐々木が上げる。

「西崎の友人なんて、オレしかいないだろ。どっちもどっちだ」

「うるせえ。オレはな、面倒くさいからつくらねぇだけだ。こいつは作ろうと思っても出来ないんだろ」

「そういうの、負け惜しみっていうよな」

「やかましい!」

 声を荒げた貴志に、また鴇が体を震わせる。見ていた書類を手早く片づけて、彼が慌てて席を立った。

「あ、あの……すみません、遅くまで」

「いやいや、責めてるんじゃないよ。でもまだ忙しい時期じゃないし、こんな遅くまで残らなくても良いからね」

「………すみません……」

 小さな声でまた謝って俯いた少年の肩を、ぽんぽんと佐々木が叩く。

「じゃ、オレ達と遊びに行こうか」

「え?」

「寮監の外出許可は取ってあるからね。町に買い物に行こう」

「え……」

「ねぇ、ちょっと!早くしないとバス行っちゃうわよ」

 もう一人の副会長の高瀬が顔を覗かせる。ああ、と頷いて見せて鴇の腕を掴むと、彼の言い分は聞かずさっさと貴志は歩き出した。

 寮の門限は七時だ。

「後二時間しかねーぞ。さっさとしろよ」

「はいはい」

「あの……」

「町に出るのはじめてでしょ、鴇君。色々お店とか教えてあげるから」

 問答無用とばかりに三人で鴇を連れていく。

 そんな風につるむことが、多かった。

 

 強引だが実力と実行力、人を惹き付ける魅力に富んだ生徒会長に、手綱をしっかりと握った副会長、男二人のバカを時折止める役の高瀬に、細かい仕事をミス無くやり遂げる鴇。

 四人は、とても良いバランスを保っていた。

 だからそれが少しずつ軋んで、壊れていったことに、気付くものはほとんどいなかった。

 

 

 

 その視線に気付いたのは二学期の始めの頃だった。

 文化祭に球技大会、生徒総会と行事が目白押しの二学期は、最初からかなり忙しい。

 自然、雑用が増え、生徒会の面々も顔を合わせることがさらに多くなる。

 仕事に遊びにと夏休み中も連れ回された鴇はようやく年上三人に慣れ始め、口数や笑顔も多少増えていた。

 そんな中でふと、貴志は気付いたのだ。

 佐々木を追い掛ける鴇の眼の中にある熱に。

 自分と同じ人種を見つけたのは始めてで、とても興奮した。

 鴇の小綺麗な顔やおとなしくもの慣れない態度、時折見せる壊れそうな脆さは貴志にとっておもしろいものではあったけれど、それ以上の興味を彼に持ったのはあの眼を見つけたからだ。

 だから手を伸ばした。

「暴れるなよ」

「……や…っ、に、西崎先輩……ッ」

 弱々しい手が空を掻くのをたやすく捉えて、まとめて頭上に戒める。女よりも細いんじゃないかと思える腕は、ごつごつと骨が当たる程だった。

「お前、ちゃんと喰ってんのか?デブよりは良いけど、これからはもうちょっと飯増やせよ。抱き心地が悪そうだ」

「に、西崎先輩……離して」

 身を捻るような弱々しい抵抗など、貴志にとってはほとんど意味を成さない。かえって欲を煽られて、荒々しい気分になった。

 牙と爪の下に獲物を押さえ込んだ肉食獣は、こんな興奮を味わっているのだろう。

「お前、ゲイなんだろう?」

「……ッ」

「いつも、佐々木のこと見てるよな。あいつが好きか?」

「……っち、違う……ッ」

「隠すなよ。同じ性癖のヤツに会うのは始めてだ」

 にやりと笑ってそう言うと、怯えた眼が僅かに見開かれる。

 いつも貴志と視線を合わせようとしない鴇が、真っ直ぐに眼を見るのに満足して、貴志は言葉を続ける。

「まぁ、女も抱けるけどな。どっちかっていうと、男の方に欲情するらしい」

「そ、それが……なんですか」

「まだわかんねぇのか?なぁ」

 ぐいと興奮した下肢を押しつけると、びくりと震えた鴇がいっそう強く暴れ出す。

「……っと……暴れるなよ、だから。手荒にはしたくないしな」

「や、やめて……やめて」

「やめない。痛くしないから、楽にしてろよ」

 仰け反る喉の白さや、押さえ込んだ身体の骨張った細さや、手の中に収めた彼の雄の象徴にさえ興奮した。

 否定の声ばかりを上げる唇を塞ぐと、がりっと歯をたてられる。

「……つ…ッ!結構やるな、お前」

 すぐに泣き出して諦めるかと思っていた。けれど怯えた眼をしながらも鴇はまだ抵抗を止めようとしない。

「や、やだ、止めてください……ッ!こんな、汚い」

「汚い?なにがだよ。お前も、佐々木とこういうコトしたいと思ってたんだろ」

「思ってないっ!」

 甲高く裏返った声は、悲鳴のようだった。嘲る笑みを唇に乗せて、貴志は獲物をいたぶる。

「へぇ?あいつに触ったりとか、抱きしめられたりとか、キスしてみたいとか思ったことないのか?」

「な、ない、ない…ッ!!さ、佐々木先輩とは、あ、憧れるだけで……ッ」

「じゃあ、そっちは憧れだけで終わらせといてこういうことはオレとしようぜ」

「いや……ッ!」 

 どんな抵抗も貴志は意に介さなかった。服を剥ぎ、最初は力で、後は快楽で鴇をねじ伏せた。

「……ヒッ…ぁ…ッ!」

 刺激に勃った雄を扱いてやると、思いがけず甘い声で鳴く。「鴇。実はオレも、男を抱くのはこれが初めてだ」

「……っ、ぅう…ッ」

「男に欲情するのは知ってたけどな……ほんとに、女より全然いい」

「……や、やめ……て」

「止めない。お前だって気持ちがいいんだろう?」

 隠せない欲を笑ってやれば、涙で濡れた顔を鴇は歪ませる。

 たっぷりとジェルで濡らした指を奥に滑り込ませれば、そこまでやるとは思っていなかったのかまた鴇は弱々しい抵抗を繰り返した。

「に、西崎、先輩……ッ」

「こういうときに先輩ってのは味気ないな。貴志でいい」

「や、やめて、いや……」

「やめてといやしか言わないな、お前。呼んでみろ。貴志、だ」

 細く、固い身体を時間を掛けて慣らし、奥の奥まで征服するのはたまらない満足感をもたらした。

 決して小さくはない自分の逸物を収めきると、まるで瀕死の小鳥のようにびくびくと鴇が震える。

「鴇」

「……ッ、ァッ」

「鴇。……可愛いな」

「い、痛い……」

 細い身体の奥は、今まで味わったことがないほど気持ちが良かった。痛みを与える気はなかったので欲に負けないようゆるゆると動くと、その度に声を上げて鴇は仰け反る。

「鴇……とき。……呼びやすい、良い名前だよな。鴇」

「……ッ」

「お前に似合ってる」

 睦言に優しさはあったけれど愛はなかった。

 そうやって貴志は、鴇を支配した。

 寮の部屋や、教室、生徒会室のどこででも、スリルを味わうためにその細い身体を組み敷いた。

 苛立ちも、怒りも、そして気紛れな優しさも全部、貴志は鴇に向けるようになった。

 急に近くなった二人の距離を不審に思うものも居らず、勘のいい佐々木と高瀬はすぐに二人の仲に気付いたけれど、その危うさをきちんと把握することは出来ず。

 ゆっくりとバランスを傾げていくような四人の関係は、それから、三人の卒業間際まで続いていく。

 

 

 愚かさを悔いたのはすべてが終わってからのことだ。

 貴志は傲慢で、狭量で、卑怯だった。

 ちゃんとした言葉や愛のない関係が、二人の中でどれほど違う意味を持つのか、考えようともしなかった。

 鴇の不実を責め、気紛れに優しさを与え、身体の満足を得る事に、理由や意味をつけなかった。

 何を言われても黙って口を噤むか曖昧な笑いでごまかすばかりの鴇の心の内は、結局卒業間際まで貴志に明かされることはなく。

 自分のすることには誰もが従って当然だと考える傲慢さが、学生の頃貴志の胸の内には巣喰っていた。

 何故あんなにも愚かになることが出来たのだろう。

 自問しても答えはいつも見付からない。

 過去を消す方法がないように。

 






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