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 目の前で信号が赤になったのに飛ばせ、と苛々と命令する。

 忠実な運転手は顔色も変えずアクセルを踏み込んだ。

 キィッとどこからか聞こえるブレーキの音に耳障りなクラクション、そのすべてを無視して交差点を突っ切る。見事なドライビングテクニックを見せる男は以前大企業の営業をしていた。営業、という職種には車の運転の器用さが必須らしい。

「つきました」

 楠の声とほぼ同時に車を降りる。

 慣れ親しんだ、けれどどこかよそよそしい家の門構え。

 呼び鈴を押す前に駆けてきた男が鴻也の名前を呼んだ。

「と、東乃さん…っ」

「佐々木か」

 じろりと睨め付ければ顔色を変えて息せき切った男がその場で膝をつく。

「す、スンマセンしたっ」

「状況は」

「ま、まだお嬢さんは見付かっていません…っ」

「んなこたぁわかってんだよっ!」

 腹立ち紛れに座り込んだ男の肩を蹴り飛ばす。ぐぅ、と声を漏らした男がコンクリートに頭を擦りつけた。

「すんません、すんませんっ」

「謝ってる暇があったらさっさと走って真を捜しに行きやがれッ!」

「は、はいっ!」

 立ち上がった男はふらふらしていた。鎖骨に罅くらい入ったかも知れないが、自業自得だ。

 なんのためにこの屋敷を見張らせていたのか、もっと良く理解するべきだ。

「東乃さん」

「なんだ」

「明里さんが」

「あぁ?」

 慌てた弟が、木戸から顔を出したところだった。

「兄さん!真は?」

「まだ見つからねぇ。探してるが」

「そうか……ごめん、兄さん」

 明里がとても困った顔をする。

 心根の優しい弟は、鴻也にとって拠り所の一つでありいつでも助けてやりたい存在だった。

「お前が謝るこっちゃねぇだろ。勝手に飛び出したあいつと、捕まえられなかった馬鹿共が悪い」

「けど」

「いいから。取り敢えず、一緒に探してくれ。鉄砲玉だからな、どこまで行ったかわからん」

「ああ。……イチ」

 木戸からもう一人姿を見せた。

 思わず鴻也は眉を寄せてしまう。この家の居候の少年のことを、どうにも受け入れる気になれない。

 嫉妬って言うんだ、と言った呆れた狐原の声が耳に返る。

 ちったぁ弟離れしやがれ。

 明里を幾つだと思ってるんだ、お前。

 遠慮も容赦もない狐原はずけずけと本当のことばかりを言って、鴻也を苛立たしい気分にさせた。

「オレも行く」

「イチは、さくらについててあげなよ」

「いや……」

 その後ろからさらにもう一人。

 酷く血の気の引いた顔をした少女かと見紛うような細っこい少年が木戸をくぐって出てくる。

「ぼ、僕も……探しに、行きます」

「さくら」

 明里の驚いたような声。鴻也と楠を見ただけで怯えた顔をする少年がどんな性格なのか良くは知らないが、部下の連中に混ざって大丈夫なのかと思う。

「あの……ぼ、僕と……け、喧嘩して、怒られて、飛び出しちゃったから………」

「………取り敢えず捜すぞ」

 なにがあったかは知らないがさくらを責めている場合ではないだろう。くるりと踵を返すと待って下さい、と焦った楠の声が背を追ってきたが、無視してずかずか歩き出す。

 その時。

「………あれは」

 明里の、小さいとは言い難い屋敷の海鼠塀の角を曲がって、駆けてくる姿。

「真!」

 一心に走ってくる彼女に向かって、鴻也も駆け出す。

「………ッと、とう、さん……ッ!」

「どこ行ってやがった、言うこときかねぇのも大概にしろよ!」

 怒鳴りながらも小さな身体を受け止めると、爪を立ててしがみついてきた真が切れ切れの声で叫ぶ。

「と、父さん……ッ!こ、こはら、が、死んじゃうッ!」

「んだと?」

 呼吸も整わないまま鴻也の腕を引いて駆け出そうとする真について数歩たたらを踏み、転げそうになったのを慌てて抱きとめる。

「は、早く……ッ!はやく!!」

「しょうがねぇな……ッ」

 ひょい、と軽い体を腕に抱え上げると真が首にしがみつく。

「掴まってろよ。どっちだ」

 小さな手が指を指す方に、鴻也は全力で駆け出した。






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