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◆◆◆ゆきだるま◆◆◆

 

 

 穏やかな光景に狐原は思わず笑う。

 早い初雪が降った。

 年の暮れまであと数日と言うところで、忙しい大人達に悲鳴を、子供達に歓声を上げさせた都心には珍しい大雪は、この家の庭にも平等に降り積もっている。

 明里が率先して作った雪だるまをどうにか超えるサイズのもをの作ろうと、さっきから真がさくらに手伝わせて躍起になっていた。

「ほら、さくら!そっち持って!」

 胴体を作るところまでは上手く行ったが、その胴体とほとんど同じほどの大きさの頭をどうにも上げられなくて四苦八苦している。

 非力なさくらと真では無理もない。

 にやにやしながら眺めていると、顔を真っ赤にした真がぶんぶんと手を振って怒鳴った。

「ちょっと、キツネ!見てないで手伝ってよ!」

「子供だけで作るんじゃなかったのか?」

「明里じゃないからいいの!ねぇ、重くて持ち上がらないんだってば!」

「はいはい」

 笑いながら戸を開け、縁側から降りようとすると、肩に触れて止める手。

「鴻也」

「病み上がりだろ」

 別にもう痛まない狐原の傷を気遣って、いいやもしかしたらちょっと雪に触りたかっただけかも知れないが、鴻也が庭に降りる。

 庭と縁側の境のガラス戸を、狐原は大きく一枚分開いた。

 途端に冷たい空気がなだれ込む。

 眼を細めて、狐原は二人にずかずかと歩み寄る男の背中を見送った。

「おら、どいてろ」

 まだ少し怯えた顔をするさくらが真の後ろに隠れる。

「一人で持ち上げるの?ぎっくり腰になっても知らないからね!」

「見てろよ」

 陽気にはやす真の声に応えて、素手のまま鴻也が雪玉に組み付く。

 二人が散々苦労した雪玉がひょいと持ち上がると、真とさくらが眼を丸くした。

「すごーい!」

「うわぁ……」

 雪だるまの形が完成すると、飛び跳ねて真が喜ぶ。さくらも声を立てて笑い、雪に興奮した茶々丸がくるくると三人の周りを駆け回った。

 用意してあったバケツを被せ、ちいさな熊手を刺して、どんな顔にするかと相談する二人を置いて、鴻也が戻ってくる。

 つめてぇ、と呟いて手をひらひらさせるのに笑った。

「年寄りの冷や水、っていうな」

「やかましい。まだ三十一だ、じじい扱いされてたまるか」

 どっかりと縁側に腰を下ろし、石ころでだるまに丸い眼を付ける二人を見やる。

 少し冷えた茶飲み茶碗を手渡すと、それでもまだ残る温みで両手を暖めていた。

 並んで、子供達を見る。

 雪があまりに白くて、きらきらと乱反射する太陽の光が眩しくて。楽しげな子供達の声が昔この家にあった懐かしい時間にいるように心を解していく。

「………なぁ」

 だからそんな詮無い事を言いだしたのかも知れない。

「なぁ。……嘘がつけるならよ」

「………」

「言ってくれよ。一度くらい。……オレが、好きだって」

 ねだるような、乞うような。

 その口調がたまらなくおかしくて、狐原は鴻也の情けない顔を見つめたままふっと笑う。

 鴻也が、眼を丸くする。

「馬鹿か。お前は」

「……………おいおい」

「いまさらどの口がオレに嘘をねだるんだ。厚かましい」

「………容赦ねぇな………」

 ちょっとショックを受けた顔をする鴻也を、ふん、と思いきり馬鹿にして鼻で笑ってやる。

「当たり前だ。大体オレは、嘘なんか一つもついてない」

「……おい。それこそどの口が言うんだ」

「良く思い返せ。オレはなんて言った?あの時」

 しかめ面をした鴻也が、あの時狐原が真を諭した言葉を思い出そうとしている。

「オレは、それだけ似ててどうして血が繋がってないと思えるんだ、と言っただろう」

「………言ったな。けどそのあと、間違いなくオレの娘だ、とも言ったろう」

『間違いなくお前は鴻也の娘だ。オレが保証してやる』

「戸籍上お前の娘な事は確かだろう。お前の叔母の子なんだから血も繋がっているな。鴻也オレは真に、お前の種で出来た実の娘だ、とは一言も言っていない」

 しれっとした顔で狐原は言ってのける。

「……詭弁だろ、それは!」

「違うな。方便、と言うんだ」

 ばっさり言い切られて、鴻也はううと唸っている。

「ああ、丁度完成したところだ」

 足音と声が二人の間に割って入って、狐原は顔をあげた。

 お盆に人数分の茶飲み茶碗と急須を乗せて運んできた明里と、鴻也の手みやげの菓子を皿に乗せてきたイチがガラス戸越しに完成した雪だるまを見ている。

「おやつだよ、二人とも。冷えたろう」

「見て見て明里、こっちの方が大きいでしょ!」

「ああ、そうだな。少し背が高いみたいだ」            

「でしょお!!」

 真っ赤な顔をした真とさくらが、視線を交わして笑い合う。「鴻也に手伝ってもらったけどな」

「もうっ!そういうことは言わないのが花ってもんでしょ、狐原のばかっ!」

 ちゃちゃをいれた狐原を真がぶんぶんと手を振り回して睨みつけ、その様子に明里が笑う。

「ほら、おやつだ」

 さくらと真が雪をはたきながら歩き出すと、物珍しそうにくんくんと雪だるまの匂いを嗅いでいた茶々丸もくっついてきた。

 縁側に人数分の菓子を並べ、茶を回す。

 折良く茶菓子も『ゆきだるま』と言う名前の可愛らしいケーキだ。ちゃんと目鼻が付き、赤い砂糖のバケツを被った様子に真とさくらが庭の本物と見比べて喜んでいる。

 暖かな湯飲みで冷えた指先を暖めながら、柱に背を預けて、狐原は二つ並んだ雪だるまを見ていた。

 赤いバケツと青いバケツ。

 明里が作った方は少し尖った吊り目、真とさくらが作った方はまん丸で真っ黒な目をしている。

 表の玉砂利を拾ってきたのだろう。

 二つ仲良く並んだその光景がおかしくて、くつくつと笑いながら狐原は茶を啜る。

 どん、とその肩に鴻也の肩がぶつかった。

「……気にいらん」

「なにが」

「あいつ、その内こっちに引っ越すとか駄々捏ねるんじゃねぇだろうな」

 嫉妬深い男の言葉に狐原は笑う。

「そんなことにはならないさ」

「どうだか」

「ならない。あそこが、真の家だからな。家族もたくさんいるだろう」

「………ああ」

 狐原の言葉に安堵を得て、鴻也が満足げな顔をする。

 単純な男だと呆れるけれど、そうやって鴻也が信頼するのは狐原しかいないのだ。

 そう思うと胸に満ちる不思議な充足感は、とても、とても利己的な感情だと狐原は思う。

 鴻也を笑えないなと苦笑した。

「あーーっ!ちょっと、なにいちゃついてるのよそこっ!」

 めざとい真が肩を触れ合わせた二人を指差して、甲高く喚く。

「人を指差すな。真」

「信じらんないっ、こんな人前でべたべたするなんてっ!父さんもキツネも!!」 

「人前でいちゃいちゃするのがいんだろうが」

 悪のりした鴻也が狐原の肩に手を回すのを、思い切りつねり上げる。

「痛ぇッ」

「うるさい」

 鴻也を邪険に追いやり、甘い茶菓子を口に運んで、いつか見たような懐かしい光景に狐原はもう一度視線を戻す。

 遠い昔、こんな風景のある時間がこの家にはあった。

 三人で作った雪だるまはもっと大きくて、けれどもうとうに溶けてしまった。

 残像を探すように眼を細める。

 過ぎてきた歳月に思いを引かれるのは、それだけ年を重ねた証拠だ。

 積み上げて、磨り減り、角が削れて、脆くなったものも強くなったものもあるだろう。

「ちょっと、父さんっ!あたしとさくらの間に割り込まないでよ!」

「うるせーな。なにべたべたしてんだお前ら」

「もうっ、子供みたいな真似やめてくれる!?」

 ふっと笑い、狐原は真にちょっかいを出していやがられている男の方に視線を移す。

「………まぁ、一生が終わるくらいの頃にな」

 一度くらいは言ってやっても良い。

「なんだって?狐原」

 急須を持った明里が隣に来て問うのに、いいやと返して湯飲みをさしだす。

「しかし……仕事にならねぇな」

「たまにはいいだろ」

「たまにじゃねぇだろ……」

 ため息混じりの狐原のぼやきは子供達のじゃれ合う声が掻き消していく。

 年明けはこの分滅茶苦茶忙しくなるんじゃないかと危ぶみながら、鴻也の持ってきた手みやげの残り半分をぽいと口に放りこむ。

 ほろほろとした甘さが、ゆっくりと口の中で溶けていった。

 

 

 

                                                             2006/03/03 了

 






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「わりと愛」完結。
初出が四年前だということにびっくりでした…。

こちらは2006年に同人誌として発行したものになります。
同人誌のシリーズの方は一応まだ続刊中です。
読んでくださってありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。

10/03/16完