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 二つ目の山リーグレントの中は、ほぼメテオと同じ造りをしていた。鍛冶小屋と建場小屋があり、それぞれを責任者が管理している。ウルとはそこで別れた。

 三つ目のアルフェサーには特殊な許可を得ている者しか立ち入れない。

「オレがいるから先生は大丈夫だよ」

「……監察官というのは、そんなところに立ち入る権利もあるんですか?」

「ここでだけね。オレ、デルフィカ収容所の監察官も兼ねてるからさ。……実はね、だからオレは、監察官なんだよ」

「え?」

「監査官でしょ、普通。オレはね、不正を発見した場合それを強制的に取り調べて処罰を与える権限を持ってるわけ。だから、監察官」

「……ああ……」

 言われて納得したが、同時に不審も覚える。

 それはこんな場所で彼一人が持つには、大きすぎる権限ではないだろうか。セルリアンという国家の、その執政の一部を代弁しているに等しいのだ。

 そんな権利を持つには彼は若すぎる。

 不審が顔に出たのだろう、ゼファがにっこりと笑って唇の前に人差し指を立てる。

「ないしょだよ、先生。今はまだこの肩書きの意味に気付いていない人の方が多いんだ」

「……なぜ僕に」

「まあ、先生と同じようにオレにも色々事情があるってことさ。お互い若い身空で苦労するけど、頑張ろうねぇ」

「………」

 リーグレントからアルフェサーまでは、また渡し場があった。

 よく見れば渡し場にはロープが二本張ってあって、それぞれ行きと帰りと言うことらしい。張られている高さはこちらも向こう側もほぼ同じなのに、途中で宙づりになってしまったりはしないのだろうか。

「真ん中で止まってしまったりはしないんですか」

「しないみたいだね。オレも原理は良くわからないけど、真ん中まで降る時の勢いで向こうに辿り着けるよう計算されてるって話だよ」

「そうなんですか」

 今度は知っているだけにどきどきしたが、空の旅はやはり素晴らしかった。すぐに辿り着いてしまうのが惜しいくらいだ。

 そしてアルフェサーの渡し場には、見張りが立っていた。

「誰だ」

 誰何されて慌ててリベルテは服の隠しから木札を取り出す。

「あ、おじゃまします。リベルテ・律・アーシェントと申します、あの……」

「知らない顔だな。許可は取っているのか。許可証は」

「あ、あの……」

 兵士の問いにしどろもどろになっていると、ゼファが遅れてやって来た。

「ごめんごめん。先生はオレの連れだ、怪しい者じゃないよ」

「監察官殿……」

 兵士が渋い顔をする。

「いらっしゃるなら正面から、とお願いしているでしょう。護衛をおつけできません」

「大丈夫だって。こん中でオレに手出しするようなヤツはいないでしょ。今日は、新しい医者の先生を紹介に来たんだよ」

「……こちらのかたが?」

 兵士に見つめられて、改めてリベルテは挨拶をする。

「じゃ、ぐるっと回ってから所長に挨拶するから」

「先に所長の所へ行って下さい。お二人で回るのは危険です」

「はいはい」

 生返事をして歩き出したゼファについていく。牢獄だというこの山の風景も他とあまり変わらなかった。

 坑道の入り口に屯していた男達に、やあ、とゼファが声を掛ける。

「お邪魔するよ、ハーミット」

「なんだ。監察官殿」

 ゼファが声を掛けたのは、鋭い眼をした男だった。

 隙のない目つきで値踏みをするようにちらとリベルテを見て、ゼファに視線を戻す。

 屯している男達は全員囚人なのだろう。歳は様々だったが、その中でもハーミットと呼ばれた男は若い方だった。

「近頃はどうかな。良い石は出てる?」

「さっぱりだ。だからこうして待ってる」

「ああ……なるほど、鉱脈の探索中か。通りでみんな暇そうなわけだ」

 うんうん、と頷いたゼファがまるで手品のようにどこからか丸くふくらんだ袋を取りだした。

「じゃあ、これでも休憩のお供にしてよ」

「ああ……ありがとよ。監察官殿」

 ハーミットがそれを受け取り、袋を開いた。

 中身を取りだして口に放り込むのに、慌ててリベルテはゼファの袖を引く。

「ゼファ。それは、なんですか」

「ただのチョコレートだよ。疲労回復に良いでしょ」

「ああ…」

 なるほど、と納得してリベルテは頷く。労働には熱量が必須だ。チョコレートは高価な菓子だが、同時に薬にもなる。

 疲労回復にはとてもいい。

 男達が歓声をあげて菓子に群がっている様はおかしかったが、ここでは甘いものも手に入らないのだろう。

 口々にゼファに礼を寄越す。

 彼らの様子からすると、ゼファが菓子を差し入れするのはこれが始めてではないらしい。

「はい、リベルテ」

「え?」

「そろそろお腹が空いたでしょ」

「……ありがとうございます」

 渡された丸いチョコレートは、口に入れるとふわりととろけた。食べたことがないわけではないが、なかなか口にすることの出来ない菓子だ。

 舌の痺れるような甘さを味わっていると、坑道の入り口から声が聞こえた。

「……いい匂いがする」

 暗がりから、男が一人立ち現れた。

 帰ってきたか、とハーミットが呟く。

「どうでした、教授」

「いいのは見つかりましたか」

 暗い坑から現れた彼は、口々に問う男達に答えずまっすぐにゼファに近寄ってきた。

「どーも、教授」

「いい匂いがする」

「チョコレートですか」

「寄越せ」

 ずい、と伸ばされた掌は土にまみれていた。

 教授、と呼ばれた男は上背はゼファと同じほどなのに肩も胸も腰も薄っぺらく見えるほど痩せていて、鴉の濡れ羽と喩えられるような真っ黒な髪をばっさりと肩で切りそろえている。

 顔は具合が悪いのかと疑いたくなるほど白く、細面に眼鏡を掛けていた。

 汚れた掌など気にする様子もなくゼファから受け取ったチョコレートを口に放り込んで、もぐもぐと動かしながらリベルテを見やる。

「………眼鏡に親近感があるな。最近入った新入りか、この子供は」

「いやいや、違いますって。教授」

 ゼファが手を振って否定する。

「こちらは新しくデルフィカの町に就任なさった医者の先生ですよ。今後、このアルフェサーの面倒も見てくれるはずです」

「ああ。なるほど」

 うん、と頷いた教授と呼ばれる男にリベルテは頭を下げる。

「はじめまして。リベルテ・律・アーシェントです。昨日付けでこちらの町に配属になりました医師です。どうぞよろしくお願い致します」

「うん。私は、森羅《シンラ》。今はここで山師をしている。よろしく」

 聞き慣れない単語にリベルテは首を傾げた。

「山師?」

「鉱脈を見つけることを職業にしている者のことだ。あいにく私は非力なので掘り出すのは他の者にまかせている」

「穴の中で鉱脈を探すんですか」

「そうだ」

 今は泥まみれだが、森羅はとてもそんな野性的な仕事をしているとは思えない、不思議な雰囲気を持つ男だった。

 しれっとした顔でもう一度ゼファに向かって手を出す。

「もう一つ」

「……まったく。教授には敵わないですね。これ、正真正銘最後の一個ですから」

 そういってゼファが取りだしたチョコレートを受け取って口に放り込むと、森羅はすたすたと歩き出した。

「ちょっと、教授?」

「所長に会ってくる」

 ハーミットの呼ぶ声にも振り返らず、そのまま歩いていってしまう背に従うようにゼファも動き出した。

「いこう、リベルテ。一緒なら所長に会いやすい」

 

 

 ゼファの言ったとおり、森羅と一緒だと兵士達も容易く道をあけてくれた。アルフェサーの鉱山の入り口近くに囚人達を入れるための監獄があり、そこに併設した建物がデルフィカ収容所の官舎だった。

 一番上の階が、この牢獄の所長の住居兼執務室のようだ。

 ずかずかと部屋に入っていった森羅に、机の向こうにいた人影が顔を上げた。

「所長。アレは駄目だ」

「駄目か」

「駄目だ。掘り尽くしてる」

 あっさりとそういった森羅に、所長と呼ばれた人物が顔をしかめる。驚いたことに、デルフィカ収容所の所長は女性だった。

 刈り上げた銀髪に鷲鼻、厳めしい顔つきの奥では暗い灰色の眼が鋭く光っている。

 背こそさほど高くはないががっしりとした体つきの女性だった。

 鋭い眼がゼファを、続いてリベルテを見て眇められた。

 人を監察し、そして計っている眼だ。

「……これはこれは監察官どの。こんなところまでご足労とは、何か問題でもありましたか。そして、そちらの方は?新しい囚人が入ってくるとは聞いていませんが

「ご無沙汰です、ワデル所長。何も問題なんかありませんよ。今日は新しいお医者様の紹介に伺っただけで」

「医師?」

 値踏みする視線に、リベルテは会釈する。

「初めまして。このたびデルフィカの町に赴任いたしました、医師のリベルテ・律・アーシェントです」

「医師ですって?」

 よろしくお願いします、と続ける前に叱咤するような声がリベルテの挨拶を遮った。

「いったいなんの冗談です。監察官殿。我らがセルーシャ皇国は、いつから子供の玩具に医師免許を加えたんですか?」

 叱咤する口調の底には微かな悪意がある。

 これくらいの反応には慣れている。にっこりと笑ってリベルテはそれに答えた。

「歳は十九になります。医師免許は十六の時に取りました。若輩者ではありますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「監察官殿。本当ですか」

「本当ですとも、ワデル所長。医師免許はちゃんと見せていただきました。間違いなく、デルフィカの新しいお医者様ですよ」

「………ふん」

 鼻先で唸って、さらにじろじろとリベルテを監察した後、まあいい、とワデルは言った。

「アーシェント殿。死亡診断書は書けますね」

 唐突に問われて、リベルテは戸惑った。

「それは……医師の義務ですから。もちろん、患者の方が無くなられた際には書かせていただきます」

「ならいいでしょう。囚人達が死んだとき、さっさと診断書を書いてくれる医者なら文句はない。私はガラティア・彩・ワデル、どうぞよろしく。先生」

「………」

 リベルテの沈黙をどう取ったのか、さりげなくゼファが肩を叩いた。

「さ。これで鉱山を回るのは終わったから、後は町に行かないと。じゃ、ワデル所長、お邪魔しました〜」

「待て。監察官殿」

「はい?」

「あなたには話したいことがある。明日にでもまたこちらに来てくれ」

「……わかりました、所長。じゃ、また明日」

 ワデルと森羅に挨拶をして、部屋を出る。後ろでは二人が再び話し始める声が聞こえた。

 すり切れた絨毯が敷かれた廊下を歩き、階段を二つ下りると官舎の出口がある。

 山を降りながら、あのさぁ、とゼファが言った。

「はい」

「あんなんで怒ってもしょうがないからね」

「怒っていません」

「そう?怖い顔してたよ」

「……そうですか?」

「うん。あそこはね、比較的自由に見えるけど監獄だからね。いるのはみんな罪人ばかりだ。それも重罪の」

「………」

「先生が憤る事なんてなにひとつないんだよ」

 ざ、ざ、と二人の脚が均された道の砂を踏む音だけがしばらく響いた。

 やがて留番所の建物の屋根が岩場の向こうに見えてきた。

 最初に別れた三本の道の、一番右手を降ってきたのだ。

「死の前に、人は皆、平等です」

 リベルテは、そうぽつりと呟いた。











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