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「まずはメテオから。次にリーグレント、最後にアルフェサー。リベルテ、高いところは平気?」

「あ、はい。大丈夫です」

「じゃあ、馬を置いて上は渡し場から渡ろう。その方が早い」

「渡し場?」

 河でもあるまいし、とリベルテが首を傾げるとゼファがにんまり笑う。

「まあ、行ってみればわかるって」

「……あなたがそういう風に言うとすごく怪しいです」

「そうかなー?」

 どうやらゼファには人をからかって楽しむ癖があるらしい。

 あるいは、試す癖、と言った方がいいか。今朝は明星《アケホシ》の他にもう一頭馬を引いてきた。脚が短く体高が低めの、この地方の特産らしいどっしりとした馬だ。

 昨日の乗馬姿を見て乗れそうだと思ったからさ、などと言っていたが。

 ゼファは根っから多弁な男らしく、馬で山道を辿る間にも次から次へとこの鉱山の説明をしてくれる。

「リベルテの診療所のあたりはね、丁度メテオの山裾にあたるんだ。あの辺は木が無くてなだらかだろ?」

「はい。…あの家は、もともと鉱山のために建てられたものじゃないですか?」

「そうそう。本当はもっと大きい建物が何棟かあって、鉱山で働いてる人の休憩所とか宿泊所だったらしいよ。けどあそこから行ける坑道の鉱脈は全部掘りつくしちゃってねえ。実はあのなだらかなあたりは全部、鉱山から出たボタ山なんだよ」

「ボタ山?」

「鉱石以外に掘り出される土があるでしょ。もともともっとキツイ山道だったのを木を伐採して土で埋め立てて、建物を建てやすいように均したんだってさ。だから木もあまり生えてないし」

「ああ…そういえば、そうですね」

 なるほど、と思う。山道の途中であそこだけが丘のようになだらかな事には気付いていた。

「あんな小山になるなんて、鉱山で掘り出される土の量は本当にすごいんですね」

「そりゃあね、まず鉱脈に辿り着くためにはそこまで穴を空けないといけないし。想像もつかないような量だよ。今はメテオとリーグレントの間にある涸れ谷に落としているから、多少楽みたいだけど、そのうち二つの山の間が埋まるかもね」

 谷一つを埋めるような土を掘り出す労働、というのはいったいどんなものだろう。リベルテには想像もつかない。

 その労働に対して、診察が月一度、というのはどう考えても少なすぎる。

 黙り込んだリベルテをどう思ったのか、さらにゼファが話を続ける。

「メテオ、リーグレント、アルフェサーって名前は、もともと昔話からつけられた名前なんだ」

「昔話?」

「鉱山には大抵伝説が付き物だ。デルフィカには、《天》がここで生まれたって話がある」 

 人柄のせいだろうか、それとも仕事のために身に付けた技術なのだろうか。

 ゼファの話し方には人を逸らさない巧みさがある。

 耳に心地いい声と、遅くも早くもなく聞き取りやすい言葉だ。

「金は太陽、銀は星、っていう伝説を知ってるかな、リベルテ」

「……聞いたことがあります。確か、鉱山に伝わる言い伝えですよね?」

「そう。不思議なことに、この大陸の鉱山には国が違っても大抵同じ伝説があるんだ。遠い、遠い昔に一度、世界の終わりがやってきたことがある。空が燃え、大地が裂けて、海が沸き立った。その時落下した太陽が金に、降り注いだ星々が銀になったって言い伝えだ」

 絵本にもなっているその昔話は、この国の子供なら一度は聞いたことがあるだろう。

「じゃあさ。月は、どうしたと思う?」

「月?」

「そう、太陽と星が墜ちたんなら、月もおっこちて当然でしょ」

「……そうですね」

 言われてみれば不思議なことだ。

 この物語には月が出てきたことがない。

「デルフィカには、その続きの話がある。月はね、太陽が墜ちても、星が墜ちても、自分だけはどうにか空にいようって頑張ったんだってさ。それは、自分が墜ちたらその時が世界の終わりだって知っていたからなんだ」

「………」

「必死で空にしがみついていた月は段々欠けていって、十五日目についに力尽きた。月は少しずつ削れていったから、欠片は燃え尽きて金にも銀にもなれなかった。そして、その最後の細く細くなった三日月の欠片を、世界の終わりと同時に生まれた最初の《天》が受け止めた」

「最初の《天》……」

 《天》とは、この国に伝わる伝説の精霊だ。どんな鳥よりも大きな翼を背に持った人の姿をして、大罪のある場所に舞い降り、人を裁いて地を清めるのだという。

「そう。空を往く精霊の、始めの一人は、前の世界が終わると同時に生まれた。彼は受け止めた月の欠片を、溶岩が荒れ狂っていたこの地に落とし、その場所から地面が隆起して高い山脈が出来た。それが天山山脈なんだ」

「……では、この山は月から出来ているんですね」

「そう。メテオは流星、リーグレントは墜ちたもの、アルフェサーは欠片。もうこの国では使われていない古語で、そういう意味らしいよ」

「言葉だけが残っているなんて、不思議ですね」

「まあ、地名ってのは結構そういうのが多いからね」

 ゼファの話に耳を傾けているうちに、道のりは大分来たようだった。徐々に道幅が狭くなり、岩がごろごろと転がるガレ場に変わっていた。

 彼が連れてきたずんぐりとした馬は、山道に慣れているようでこれだけ足元が悪くなってもおびえる様子がない。

「本当は荷運びの本道から行った方が早いんだけどさ。でもこっちの道も覚えておいた方がいいからね」

「はい。ありがとうございます」

「いやいや。行ったとおり、危ないからさ。……まあこっちだって危ないけど」

 ゼファの明星とリベルテが乗った灰色の馬の足元は確かだが、それでも万が一のことがあって放り出されたら命すら危ないような山道だ。

 片側は徐々に傾斜がきつくなり、いまはもう崖と言っても良い。ゼファが言っていたメテオとリーグレントの間の峡谷に繋がっているのだろう。

 けれどその道にも、やがて終わりがやってきた。

 岩壁下の細い道を通り切った場所で、不意に目の前が開けて広場になった。石積みの大きな建物が一棟建ち、煮炊きの煙が見て取れる。

 その周りに屯していた、泥や煤まみれになった男達が一斉に二人の方を振り返る。

「やあー。ちょっとおじゃまします」

 異様な風体の男達に臆した様子もなくゼファが片手を上げて挨拶をした。

「なんだ。あんたか、監察官殿」

「今日は町で女引っかけてないのかよ」

「アンタが決まった日以外にここに来るなんて、明日は雪が降るんじゃないのか」

「よせよ、縁起でもねぇ」

 男達が笑いながらゼファに声を掛ける。口調は乱暴だが金髪の監察官はどうやら嫌われてはいないようだ。

 それもまた珍しいことだと思う。

 都から送られてくる監察官の仕事は、要はこの鉱山のあら探しだ。役割から言えば嫌われこそすれ、好かれるようなことがあるとは到底思えない。

 ましてや彼の整いすぎた容姿は、同性に受けが良いものではないはずだ。

「今日はちゃんと用事があってきたんだよ。みんなには良い話だと思うけど」

「良い話だって?」

「そう。グランは、どこにいるかな?」

「どっかの山に登ってたかなぁ。ちょっと待ってろ、見てきてやるよ」

 一人の若い男が立って、建物のなかに入っていった。

「……ここは?ゼファ」

「ああ、先生は知らないか。ここは留番所っていって鉱山全体を管理する司令塔だ。ここの鉱山は特別大きくて、山も三つに分かれてる。働いてる人数は千人を降らない。その作業と掘り出した鉱石の管理、流通、それに坑内の保守とか資材の供給を全部請け負ってる場所だよ。この場所がなかったら鉱山は成り立たない」

 なるほど、と感心してリベルテは頷いた。

 鉱山と聞いて漠然と想像したのは、暗い穴の中の重労働と掘り出された鉱石の搬出方法くらいのものだ。

 けれど坑内の保守や作業の管理、それぞれの働き手への利益の分配など、細かい作業はいくらでもあるだろう。

 鉱山の給料は歩合だと聞いた。

 大きな鉱脈を掘り当てたものには、それだけ大きな利益が与えられるのだ。

「入るものも出るものも、みんな一度はここを通るようになってる。身体検査もしなきゃいけないしね」

 そういわれてみれば、広場の一番奥にはさらに先へと続く道がありそこはしっかりと柵で封がしてあった。

 あの場所が検閲と言うことだろう。

 そして、このデルフィカには、通常の鉱山とは異なった役割を果たしている場所がある。

「ゼファ」

「ん?」

「囚人の労働に使われているのはどの山なんですか?」

 そう問うと、ゼファが紫の眼を瞬いた。

「……なんだ。知ってたのか、先生」

「一応は。国から説明はされませんでしたが、僕にこの場所のことを教えて下さった方がいらしたので」

「へぇ。それは先生が志願する前?後?」

「後です。それと、先生はやめてください」

 ふぅん、と言ったゼファは何とも形容のしがたい笑みを浮かべた。馬鹿にしているのとはまた少し違うが、彼の美貌をどうにも量りがたく思わせるような笑みだ。

「……まあ、囚人達の鉱山はリベルテにはあんまり関係ないしね。アルフェサーだよ」

「山一つ全部ですか?」

「囚人と労働者を一緒に働かせるわけにいかんでしょ」

 デルフィカは、重罪を犯した罪人達の牢獄、強制労働のための鉱山でもあるのだ。
 国内で産出する龍耀輝石《ダイオライト》のほぼ九割が、彼らの手で掘り出されている。

 この希少な鉱物はそれだけ深く危険な場所に眠っているのだ。

「アルフェサーには……」

 続けてリベルテが問おうとした時、呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、ゼファ。山長、部屋にいるぜ」

「ああ、ありがとう、ウル。じゃ、ちょっとお邪魔するよ」

 手招かれて、リベルテもゼファの後に続いた。 

 











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