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「いやー、ごめんねー。オレホントはアンタの迎えの筈だったんだけどもさ、すっかり今日の列車では来てないモンだと思いこんじゃって。フィレッタと立ち話しててさぁ」

「は、いえ…」

「降りてくるのはどうやら観光客らしい貴族ばっかりだし、あーあ乗り遅れたか途中で帰っちゃったかと思ってたんだよね。だってほら、やっぱここ田舎じゃん?今までも二、三回途中でイヤになっちゃった先生がいるらしくてさ」

「そ、そうですか、でも僕は自分で志願したので…」

「志願!そりゃ珍しい、ここの医者は大抵国に任命されてくるんだよ。三年任期だったかな、何しろ無理矢理だったらしいからどうにも不真面目な医者が多くてさあ。医者が必要な人は困るよね、あ、そういえば先生幾つ?」

「こ、今年で十九になります…」

「あ、やっぱ若いんだ。思った程じゃないけど。先生十五、六に見えるよね、よくそう言われない?」

 リベルテは次から次へと繰り出される男の質問に眼を白黒させた。ゼファと名乗った男は見目は大層良く人当たりも良かったが、いかんせん多弁だった。

 初対面の人物と馴染むのがあまり得手でないリベルテはそのテンポについていけない。

 しかし馬の上に乗せてもらい彼が手綱を引いている状況では逃れようもなかった。

 紫の眼がちらりとリベルテを伺う。

「あー。ごめんね、先生。オレうるさいかな」

「あ、いえ、その……」

「良く言われるんだよ、おしゃべりも大概にしろって。答えにくいことなら別に言わなくても良いからね?」

「え、いえ、そんなことは……そうですね、年相応に見られることは少ないです……」

 身長は同い年の青年に比べて高いとは言い難いし、ほとんど骨の浮いているような身体は白衣の中でいつも泳いでいる。

 眼が悪いので丸い眼鏡を掛けているのだが、それがいっそうガキに見せてんだよ、とは口の悪い先輩の言い分だ。

 ふつうは眼鏡を掛ければ年上に見られると思うのだが。

「あの……ゼファさん」

「ゼファで良いよ。先生。さん、とかつくとなんかこう尻がむずむずする感じ」

「……ゼファ。じゃああの、先生は……やめてください」

「んん?だって医者の先生でしょ」

「まだまだ若輩者です……医療の経験はありますが、先生と呼ばれるようなものではありません。どうか、リベルテと」

「ふぅん。わかった、わかった」

 ゼファが笑みを浮かべる。

 その笑顔に、ふとリベルテは見ほれた。

「リベルテ。しばらくは、オレがあんたの世話係だから。なんかあったら、遠慮なく言えよ」

「ありがとうございます。……あの、あなたは、この町の方なんですか?」

「あれ?オレそれも言ってなかったっけ」

「お名前しか……」

 アンタが医者の先生なのか!オレはゼファ、先生を迎えに来てたんだ。と、言うなり腕を引かれて駅近くにあった馬小屋に連れて行かれ、あっと言う間に馬に乗せられてしまったので、色々なことを問う間がなかった。

「オレが言うのも何だけどサー、先生もうちょっと疑った方が良くない?オレが悪い人だったら困るでしょ」

「はあ、そうですね…それは困ります」

「じゃあもうちょっと色々聞いてからにしないと」

「………」

 それを彼に言われるのはまったく納得行かなかったが、抗議をするより前にゼファがまた先を続けてしまう。

「改めまして。オレは、ゼファレント・開《カイ》・マーゼス。先生と同じく、都から派遣されてきてるしがない公務員だよ。役職は一言で言えば流通監察官」

「流通監察官?」

「そう。メテオ、リーグレント、アルフェサー、この三つの主な鉱山から出る鉱石の流れの監察さ。とは言え、流通はそれぞれの現場の監督と鉱山長、それに国家のお墨付きをもらった商人がやってるからねぇ。オレの仕事なんて日頃はあってなきが如し、ってことで王都から派遣されてくる人員の案内だとか手助けだとか色々してるわけ。まあぶっちゃけ便利屋ね」

 一息にされた説明は分かりやすいが、そう簡単に言って良いものでもない気がする。

 この町から採掘される鉱石は王国の重要な財源だ。

 その流通を監察、というのは要するに不正が行われていないかどうか末端から眼を光らせていると言うことだろう。

「……それはなかなか大変そうなお仕事に聞こえるんですけれども。僕の案内なんかをしていてよろしいんですか?」

「いいの、いいの。オレの一番忙しい時期はそれぞれの山から発掘量とか賃金明細とかが上がってくる月末でね。それが片づいちゃうと大抵暇なんだよねぇ」

「そういうものなんですか……」

 とても納得行かない気がしたがとりあえずリベルテは口を噤んだ。

 監察、と言う仕事についてまったく知らない自分がとやかく言うようなことではない。

 ゆるやかにのぼりながらカーブした山道はまだまだ続くようで、あの、とリベルテは声を上げた。

「疲れませんか。僕ばかり乗せていてもらっては申し訳ないので、替わります」

「ああ、大丈夫大丈夫」

 リベルテの言葉にゼファがひらひらと手を振った。

「本当は、明星《アケホシ》は二人乗っても大丈夫なくらい強い馬なんだ。オレが歩きたいから歩いてるだけ」

「けれど」

「いいから、先生はちゃんと周りを見ておきなよ。一人で歩くときうっかり山道に入り込んだら帰ってこられなくなるからさ」

「……そうですね…」

 街道はしっかりとついているが、行き交う人が多くいるような場所でもない。両脇の林には山草や獣をとりに分け入る人々がいるのか時折細い道がある。煙が上がっている場所には民家があるのだろう。

 町、と言えるほどの場所はデルフィカの駅の周辺だけのようだった。

 馬に乗せてもらって宿や店が建ち並んだ賑やかな一角を越えると、上り坂がきつくなるのに従って徐々に人家は間遠になり、山道に入ってからは時折切れる木々の向こうにぽつりぽつりと家が建っているのが見えるきりだ。

 不意に目の前が開けた。

「ほら。あれが鉱山だ」

 ここからは木々が人工的に伐採された一角のようだ。

 二人が今歩いてきた道と斜めに交差するように太い道路が現れて、その向こうには巨大な禿げ山が三つ並んでいた。

 ゼファはその山を順に指し示す。

「左からメテオ、リーグレント、アルフェサー。採れるのは主に金と銀、鋼玉《コランダム》、それに水晶各種。あとは……龍耀輝石《ダイオライト》だ」

「龍耀輝石《ダイオライト》……」

「そう。見たことある?」

「一度だけ」

「へえ。そりゃすごい」

 ちらりと紫の眼がリベルテを伺い見る。その眼に一瞬走ったように感じられたものの正体は、良くわからなかった。

「龍の棲む、あるいは棲んでいた場所でだけ採れるっていう希少な鉱物だけど……一説には龍の化石だともいうな。先生はどう思う?」

「……どうでしょう。龍の化石であっても全然おかしくないような、不思議な石でしたけれど……」

「へえ。……オレは原石しか見たことがないんだけど、先生が見たのはちゃんと研磨してあったんだ」

「はい。欠片ほどの、小さな石でした」

 これは、とリベルテは交差した道路を指さして問う。

 舗装こそされていないが道はきちんと均されていて、どうやら山から下の町まで続いているようだ。そして太い道の両端には、トロッコのものとおぼしき線路が引かれている。

「発掘したものを運び出す道路ですか?」

「そうそう。トロッコか手押し車で麓まで運んで、後は馬に橇を引かせて貨物に積み込む。途中で三本に別れてそれぞれの鉱山に続いてるんだ」

 今は丁度荷運びの切れ間のようだった。手押し車を押す人影はずいぶん麓の方に見えるだけで、トロッコの音もしない。

「あんまりこの道路は使わない方がいい。荷運びをしてる連中は気も荒いし、トロッコは時々事故が起きる。脱線した車に跳ね飛ばされたらまず即死だからね」

 怖ろしげな事をさらっと説明しながらゼファは馬を引いてその線路を跨ぎ越し、山を巻くように徐々にカーブがきつくなってきた道を辿る。

 開けた一角からまた少しばかり山の木々が生い茂った場所を通り抜けると、道が不意になだらかになった。

「先生の家は、あそこ」

 ゼファが指を指した。

 道を登り切った、一つ目の小さな尾根の上には、一軒の家が建っていた。思わずリベルテは弾んだ声を上げる。

「あそこですか!ずいぶん、大きな建物ですね」

「二つあるんだよ。住処と診療所用」

「へえ…」

 近づくとどんどんその家がはっきりと見えてくる。

 町で使われていたのと同じ淡い褐色の石積みの壁、太い杉の木材で組まれた屋根。窓にはしっかりと硝子がはまっていて中の様子が透けて見える。

 建物の隣りには一本だけ、ネムノキが植わっていた。

「すごい、ちゃんとした診療所ですね。…少しばかり町から遠い気もしますけど」

「まあ、町からはちょっとな。その代わりこのあたりに住んでる羊飼いとか農家とかも何かあったら駆け込めるし、なにより鉱山に近いし」

「ああ、そうですね、それが本来の役目でした」

 話すうちに家に辿り着いた。

 明星を木の柵に繋ぐと、鍵も預かっていたらしいゼファが南京錠を開けて、木の扉を開いた。

「どうぞ。先生」

「あ、はい!」

 リベルテは診療所に足を踏み入れる。

 子供のように胸が高鳴った。ここが今日からは自分の仕事場、自分の場所なのだ。

 暗く、静まりかえった室内を見回す。

 入ってすぐの所に置かれたソファ、一番奥にある机と椅子。

 診療用の丸椅子は何故か床に転がっている。窓際には棚があって、どうやら薬品棚とおぼしきそれにリベルテは僅かに眉をひそめた。

 部屋の真ん中に置かれた殺風景な広い机が、もしかして診療台だったのだろうか。

 まずはつかつかと棚に歩み寄って、その中身を確認する。

 開き戸の中にはガラス瓶に収まった何種類もの薬品が分類もされず放置されたままだった。

 その中と抽斗をまずは見て、それから机にむかう。

 ばらばらと入っているのは書式も整っていない数枚のカルテに筆記用具、最初の数ページだけが書かれているノート、それから玩具と思われる盤がひとつ。

 全部の抽斗を確認してからくるりとリベルテはゼファを振り返った。

「ゼファ。前の先生はいつ頃までここにいらしたんです?」

「んん?一月くらい前までかな」

「他に、あなたが預かっているものは何か無いんですか」

「いんや。この家の鍵だけ」

「………」

 無言のまま再び動き出したリベルテを、ゼファは止めようとも何か問おうともせずに、ただ面白そうに見ていた。

 それから診療所のもう二つの部屋、そしてすぐ裏手にあるもう一つの建物の三つの部屋のすべてをリベルテは探索し、結局希望していたものが欠片も見当たらないことを確認した。

「前の先生はどんな方だったんですか!」

 その挙げ句思わず叫んでしまったのは致し方ないことだったと思う。

 やつあたられたゼファにはさぞかし迷惑だっただろうが。

 けれども迷惑とも思っていない、むしろ面白そうな今にも笑いそうな口調で、そうだなぁ、とゼファは言った。

「中年のオヤジだったけど」

「歳なんて聞いてません」

「何でこんな所に、が口癖だったかな。酒が好きで、よくオレが調達してきた。任期が終わるやいなや荷物をまとめてさっさと出ていったよ。見送ったのはオレだけだったけど、まあしょうがないよな。支払う金額によってころころ態度の変わる先生だったし」

「………嘆かわしい」

 思わず深々と、リベルテはため息をついてしまった。

 デルフィカの人々についての、なにより鉱山に働く人々のついてのカルテというものがこの診療所には存在しない。引き継ぎの業務日誌もなく、薬品は分類もされず劇薬もなにも一緒の棚で壁際の陽の当たる場所に置かれている。

 仮にも医師免許を持っているものの仕業とは思えない。

「前の先生はどんな仕事をなさっていたんですか?」

「先生はどんな仕事があるって聞いてきたんだ?」

「……私は、デルフィカの常勤医になるのが仕事です。鉱山の人々の健康管理が主で、それに町の人々の診療ですね」

「まあ、そうだろうな。前の先生も同じだよ。月に一回くらい鉱山に往診に行って、あとはここで診療」

「月に一回?」

「そう、まあ面目の為、ってカンジ」

 あきれ果てて言葉もでなかった。

 絶句したリベルテの様子をどう思ったのか、宥めるような調子で口調ででもまあ、そんなもんらしいよ、とゼファが言う。

「多少は良い先生の時もあったみたいだけどさ。国に命じられて無理矢理送り込まれた先生なんて、大体そんなモンだって。病人だって言われれば診るけど、それ以上の事なんてしやしない。見返りでもなければ」

「見返り?」

「規定の診療代は決まってるだろうけど、こんな所、国の眼も届かないからねえ」

 その、国の眼はあなたなんじゃないですか。

 思わずそう問おうかと思ったけれど結局止めにした。監察官という権限がいったいどこまで及ぶものかわからないし、いまここでこの男を責めても仕方がない。

「だからさ。先生も、あんまり気おわなくていいって。ほどほどに……」

 宥める台詞をリベルテは途中で遮る。

「ゼファ。僕を、手伝ってくれるんですよね?」

「まあ、オレにできる限りは」

「じゃあ、早速お願いします。まずはこの棚から薬品を全部取りだして、棚を隣の部屋に移します」

「ええ?」

「薬品は本来、陽の当たる場所に置いてはいけないんです。隣は窓も小さかったしカーテンを掛ければ大丈夫だと思います」

「いや、この棚でかいんだけど……オレちょっと力仕事は」

「そんなに大きな体で、何を言ってるんですか」

「いや、上背があるばっかりで筋肉はね…」

 ゼファがぶつぶつ言っているのに取り合わず、リベルテはさっさと薬品の瓶を取りだして机に置く作業を始める。

 棚自体は確かに大きいが、中のものを出して抽斗を外してしまえば二人で十分動かせるはずだ。

 明日にも診療を始めたいのだ、休んでいる暇など無かった。

 














 それから棚と机を動かし、中のものを全部元に戻す頃にはもうすっかり陽が傾いていた。

 夕陽が眼を打ってそのことに気づき、慌ててリベルテはゼファを省みる。

「すみません。すっかり遅くなってしまいました」

「ああ……もうこんな時間か。なんか久しぶりに真面目に働いた気がするよ」

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 診療所はすっかり片付けられていた。

 棚を移し、机を棚があった位置に運んで、診察台とおぼしき長机には住まいの方から運んできたマットレスを敷いてシーツを掛けた。

 これで多少はましなはずだ。 

 後は窓にカーテンを掛けなければいけないが、それは町へ出た時にでも買ってくればいいだろう。

「先生、夕食は?」

「あ、旅行用に持っていたパンがあるのでそれですませようかと……ゼファは?」

「んー。オレはこの後用事があるから町に戻るよ」

「……すみません、すっかり引き留めてしまって」

「いやいや。病院が片づくのは良いことだし。……先生の意外な顔も見れたしね」

 からかう口調にリベルテは恐縮する。

 我に返ってみれば、ゼファはリベルテの同僚でも部下でもない。ただ好意で手伝ってくれたのだ。

「医療のことになると……我を忘れてしまうのが悪い癖なんです。今度また寄って下さい、お礼をします」

「今度と言わず、明日も来るよ」

「明日?」

「鉱山の案内をしないといかんでしょ」

「………」

 言われてみればその通りだ。まずは鉱山、そしてできれば町も案内してもらいたい。

 しかしそこまでゼファに望んで良いものだろうか。

 ちらりと伺うと、まるでリベルテの心を読んだようにその後は町ね、と付け加えた。

「町長のガラードさんのところに案内するから。まずは挨拶をしておかないと」

「そうでした……すっかり忘れてました」

 言われなければこのまま挨拶もせずに診療所を始めてしまったかも知れない。国からの任命とはいえ町の長にまず挨拶をしておくのは礼儀というものだ。

 どうにも自分はそういったところに気が回らない。

「じゃあ、明日ね」

「はい。ありがとうございました。ゼファ」

 ふと、気付いて付け加える。

「明日からは、僕を先生と呼ばないで下さいね」

「あれ?あー、そうだった、そうだった」

 笑って、ひらりと手を振るとゼファは明星の背にのって、山道をみるみる去っていった。

 もう明かりはほとんどない黄昏だというのに見事なものだ。

 手燭からランプに炎を移し、竈の火にさっき掛けておいた薬缶から湯を汲んで、ようやくリベルテは腰を下ろした。

 訪れた時とは様変わりした空間が橙の火に照らし出される。

 ふぅ、とため息が零れた。

 今日からここが自分の城だ。

 望む医療を。

 望むように。

 この持てる限りの力で。

「………先生」

 手を組み眼を閉じて、ひっそりと祈りのように、リベルテはそう呟いた。











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