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 重い荷物もないし独り切りで身軽なのだから真っ先に列車を降りて、目的の場所に行こう。

 そう思っていたはずなのに駅舎を出ることが出来たのは最後の最後だった。理由は簡単で切符が見当たらなくなり、慌てたせいで転んで鞄の蓋が開き、ぶちまけたものを拾うのに手惑ったからだ。

 最もそのおかげで切符が見つかったのは不幸中の幸いだった。

 もう一度運賃を払う余裕などどこにもない。

「……ここがデルフィカ……」

 来るのは初めてだ。ここが世界の果ての地。

 眼鏡のレンズ越しに見える蒼い山々はくっきりと稜線が際だち、見たこともないほど高く町を押し潰しそうなほど間近に迫っている。怖いような美しさだった。

 町全体を彩っているような淡い褐色はこの町で掘り出される石の色だ。タイルや壁に使われているその色が町全体を柔らかな雰囲気に彩っている。

 そして空の色。

「………すごい。天に近い場所だ」

 都にいる時とはまったく違う。勿論あの場所でも空は青く美しいけれど、この町で見上げるこの色のなんて深いことだろう。

 ひとしきり空を見上げた後で、改めて彼は手に持った地図に視線を落とした。

 一緒の列車に乗ってきた観光客達はもうそれぞれ散ってしまい、物売りも彼には近寄ってこなかった。見るからに余裕がなさそうだ、と判断されたのかも知れない。

 ここからまだ先があるはずだが、さてどう行こうかと彼が思案に暮れた時。ふと、眼の端をやけに明るいものが掠めた気がして顔を上げた。

「……わぁ」

 思わず小さく感嘆の声を上げてしまう。

 駅前広場の向こう端には男が一人立っていた。まず眼を引いたのは男の髪の色だ。さほど長いわけでもないのに陽があたり見事な黄金色に輝いている。伸ばしたらさぞかし豪奢だろう。

 そして顔の造りはその輝きに負けない端正さだった。目元も鼻筋も唇も、まるですべてがそこにあるのが正しい、とでも言うような調和を保っていて、そこに浮かんでいる笑みがその端正さをいっそう増している。

 笑顔の似合う顔、とでも言えばいいだろうか。

 金の髪のせいもあるだろう。整った造作が冷たさを感じさせない、得な顔立ちだ。背がずいぶん高く、顔に見合って姿も良い。さぞかし女性にはもてるだろう。

 そう思いながら、ふと彼はその金髪の男の方に一歩踏み出した。どうやら目的の場所に行くためには人に聞くしかないようだ。あの黄金色の髪をもっと間近で見たら、さぞかし美しいだろうなと思った。

「あの、すみません」

「はい?」

 花を売っているらしい娘と話していた彼は、声を掛けるとすぐに振り返った。

 その眼はまるで紫水晶《アメジスト》のような紫をしていて、なんて見事な色彩の組み合わせだろうと彼は内心で感嘆する。

 都でさえめったに見たことのないような華麗さだ。

「おや、お客さん?鉱山と温泉の町、デルフィカにようこそ!なにかオレに用かな、眼鏡のかわいこちゃん」

「……は。あの、こちらに行きたいんですが」

 外見に似合った軽薄は口調に、早くも声を掛けたことを少しばかり後悔しながら手に持った地図を広げる。

 この駅よりももう少し山を登った、デルフィカの町はずれに赤い印がしてあった。

「……んん?」

「こちらに、診療所の空き家があると思うんです。そちらに行きたいんですが、歩いてどれくらいかかるでしょう?」

 金髪の男が眼をいくどか瞬き、続いて地図と彼の顔を交互に見比べた。

「えーと。……あれかな、君は、お医者先生のお弟子さん?先に行って片づけをしておくように言われたとか?」

「あ、違います」

 慌てて外套のポケットを探り、これだけは無くさないように肌身離さずつけていた書類を引っ張り出す。

 この若さだ、疑われることなど分かり切っていた。

「申し遅れました、僕の名前はリベルテ・律《りつ》・アーシェント。今日からこの町にやってきた、医師です」

 絵姿を貼り、国家の証明印を押された医師資格の書類を見て、金髪の男がぽかんと口を開けた。

 間が抜けているはずの顔までこんなに似合うとはこれも一つの才能というのかもと、歳若い医師リベルテは妙に感心した。











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