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 セルーシャ皇国の皇都、セルリアンは、大陸に類を見ない巨大な都である。

 皇宮を中心として放射状に道が延び、各区画がきっちりとわけられて整備されている。下水道、上水道の完備は言うに及ばず、場所によっては石畳の下を走らせた管に熱湯を循環させて室内の温度を一定に保つ仕組みの暖房が完備されている区画すらあった。

 皇宮はその街の中心にあり、それ1つで街のような大きさの偉容を誇っている。

 中を知らない者が立ち入ればすぐに戻る道もわからなくなってしまうだろう。

 生まれ故郷とも言えるその皇宮に呼び戻されたのはつい先日だ。

 特に懐かしくも思えない。その建物の中は冷え切っている。

「ええ?オレぇ?なんでさ」

 うっかり人に聞かれれば不敬と言ってその場で投獄されかねない口調で抗議した彼を、咎めることもなく兄は苦笑した。

「お前しかいないからだ」

「なんでさ。他にも人材はいるでしょ、カナリヤとかザンクシェルとかエル兄さんとかさぁ」

「カナリヤは別件で動いている。ザンクシェルは今私の傍から話すわけには行かない。エルは、現在投獄中だ」

「ええ?」

 西国との国境から三年ぶりに戻ってきてみれば、いったいどういうことになっているのだろう。

「私への反逆罪だそうだ」

「………へーえ。そりゃまた面白い罪で」

「勘違いするな。私が入れたわけじゃないぞ」

「そりゃわかってるよ。一応。……それで、オレってわけ?」

「そうだ。ごく、秘密裏に。行くのはお前一人だけだ」

「ふーん。部下も無し」

「誰も信用できない」

 ふと、兄が自分とよく似た、それよりも深く暗い色をした紫の眼に陰を浮かばせる。

 良く笑う兄は、いつからこんな眼をするようになったのだっけ。思い返しても良くわからなかった。

「デルフィカは、重要だ。とても」

「まあね。なにしろ龍耀輝石《ダイオライト》があるからねえ」

「それだけじゃない。実際、今現在この国の経済の三分の一はあの鉱山から出る鉱石が支えていると言っても過言ではない」

 資源、というものは有限だ。

 ただ掘り尽くしてしまうのを手をこまねいてみているだけというわけには行かないから、それに変わる産業を兄がどうにかこの国に興そうとしていることも知っている。

 それを阻む者が多いことも。

「わかった、わかった。あそこで不正が行われていないかどうかを見に行くわけね」

「いいや。横領が行われているのは確実だ。その原因を見つけ、根絶やしにするためにだ」

「……兵の一人も無しで?」

「原因が掴めたらひそかに送る。一人で身を守れるから、お前を選んだんだ」

「そりゃ、どーも」

 兄の期待に肩をすくめてみせる。

「ゲルダは連れて行って良いだろ」

「龍種だとばれなければ」

「気を付けるよ。それから……」

「なんだ」

「お駄賃も、よろしく」

「………」

 兄が渋い顔をしたが、金は必須だ。ましてやあんな知己の一人もいない場所に監察官として乗り込むのであれば、相応のものを使わなければ情報など得られない。

「多少は金をばらまかなきゃ原因なんて探れないよ」

「……私の私財から、好きなだけ使え」

「兄さんに私財なんてあったっけ」

「父が残してくれたものが、多少」

 あまり期待は出来なさそうだが、とりあえずうなずいておく。

 国庫から金を引き出すには相応の理由がいるし、兄がそれをしては目立ちすぎると言うこともわかっている。

「じゃ、とりあえず引き受けたよ。任命はいつ?」

「来月には。それまでは皇都でのんびりしていろ」

「後半月しかないじゃない……」

 とは言え、自分は根無し草のようなものだ。

 持ち運ばなければならない財産も、土地も、家もない。ゲルダだけ連れて来月まで下の花街にでも居続けていればいいだろう。

「それじゃ。またね、兄さん」

「ああ。……気を付けろ」

「はいよ」

 靴音を忍ばせて部屋を出て、中庭を突っ切り、遠い渡り廊下まで出てからようやく普通に歩き始める。

 西国との境から、この皇宮に戻ってきて、そしてまた皇国の果てへと旅立つ。

 自分がいられる場所は一体どこにあるのだろうと、ふと、そんな詮無いことを考えた。

 

 











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