龍の鉱石





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山間には列車の音が響いていた。

 それは頭に雲を戴く高い山々に谺《こだま》し、まるで不思議な楽器の演奏のように聞こえる。

 石炭で走るこの列車の本来の目的は基本的に貨物で、それは主にこれから彼が向かう町から掘り出される鉱石だ。

 なので、運転席以外の貨物車は屋根すら付いていない。

 客車は後ろ三両のみで中はすべて個室だ。短い夏のひとときを高地で過ごす貴族達のためにつけられている。当然、運賃は眼の飛び出るような高さだ。

 そんな財力は無いので、結局貨物車両を間借りすることになった。

 上の空いた箱のような形をした第二車両の、無理矢理取り付けられたお粗末な椅子に座り、今日は晴れていて良かったなぁと彼はのんびり考えていた。

 列車の旅にはとても良い日だ。

 風は心地よく、緑は眼に優しく、時折列車に手を振る人々や草をはむ山羊や羊が心を和ませてくれる。

 眼鏡越しに見る風景はどこも物珍しく、そして不思議と懐かしいような気がした。

 荷物は鞄一つ切り。

 それだけを持って、彼は、赴任先へと向かうところだった。

 これが一人きりの始めての仕事になる。

「……いいところだといいなぁ」

 ひっそりと呟いてみる。それがどんな場所だろうと全力を尽くすだけだけれど、出来れば、心を預けられる場所だといい。

 詰め込める限りのものを詰めてきた鞄を軽く叩いて、彼はまた流れてゆく風景に視線を戻した。

 





















 

 鉱山の町、デルフィカ。

 皇都セルリアンから列車で半月の旅路を数えるそこは、まさしく鉱山を中心として発展した町だ。

 大陸で最高の高度を誇る天山山脈は、貴石から金属まで様々な鉱物の宝庫であり、さらに1トンの鉱脈から僅か十グラムしか発見されないという希少な鉱物龍耀輝石《ダイオライト》の国内唯一の生産地でもある。

 その資源を運び出すために、この町の交通の便は地方都市としてはすこぶる良い。皇都から鉄道に乗っているだけで辿り着く数少ない町の一つである。数多の町と比べ、皇都と近しい町の一つである、とも言えた。

 ただしそれは辿り着くまでの日数だけを言えばのことで、実際の所デルフィカは距離で言えば皇都セルリアンから最も離れた町だった。

 皇都と近しいという評価は脆弱な線路一本に支えられている。

 積雪や豪雨、山崩れによっていとも簡単に断たれてしまうその線を支えることは、天央鉄道に所属する兵士たちにとって最重要の任務だった。

 儚いその道が、強固に皇国を支えているのだ。

 大陸の人間達にとってデルフィカは地の果てである。

 天山を越えたその向こうに、人の世界はない。ただ果てなく続く氷原だけだ。

 その話すらも己の眼で確かめた者はもう久しく、山脈の向こう側は人々の間で既におとぎ話のようなものだった。

 デルフィカは、皇国セルーシャの北の果て。

 人の辿り着く、最果ての地だった。

 
















 

 町の中心には、大陸を横断する天央鉄道北の終着駅がある。

 デルフィカ、と町の名を冠した駅の、その名の描かれた大きな看板の下に彼は手持ちぶさたに立っていた。

「んー。だいぶ遅れてんじゃん……落雷でもあったかなー」

 駅前の古めかしい時計はもう昼を大分回っている。

 こんな事ならもう少し寝てりゃよかった、と愚痴をこぼしてから金色の髪をくしゃくしゃと掻き回し、欠伸を一つした。

「やーだ、ゼファ。男前がだいなし」

 通りかかった花売り娘が声を上げて笑う。

 高山に分け入り、滅多に人目に触れる事のない植物を採ってきては週に幾度か駅前で売っている彼女とは、町に来たときからの顔なじみだ。女性に贈る花は大抵彼女から買っている。

 もちろん、彼女自身に贈ったこともある。

「欠伸の一つくらい見逃してくれよ、フィレッタ。いくらオレがこの町の男達を千人束にしても敵わないほどのいい男でも、一応生身の人間なんだぜ?戦神レンデルでも、精霊キシーでもない」

「しょってるわ」

 その美貌で神々の間に諍いを起こしたと言われる男神と、山の神に愛され人から精霊へと昇ったと言われる男の名を己と同列に並べてみせるゼファに、フィレッタがけらけらと笑う。

「ええー?オレ、結構男前じゃない?」

「自分で言う時点でもうダメよ」

 少女との言い合いは、言葉遊びのようなものだ。ゼファは自分の容姿を自覚している。

 これでフィレッタがもう五つばかり年上ならば、この会話はもう少し駆け引きめいたものになるだろう。即ち、ゼファが今夜の暖かい食事とベッドを手に入れられるかどうかの。

「あら」

 ふとフィレッタが耳をそばだてる。

「来たみたい」

「ああ。ようやく、だ」

 山間に遠い汽笛の音が響き渡った。列車がもうすぐデルフィカへ到着するという合図だ。それと同時にそこここで休んでいたり家に引っ込んでいたりした物売り達が駅前広場へやってくる。

 デルフィカは鉱山の町だが、同時に観光地でもある。

 特に今、短い夏の時期は温泉や鉱石、そして高山植物を目当てに訪れる客が多かった。最もこんなに都から離れた場所に訪れて観光などという優雅な真似が出来るのは貴族か一部の豪商くらいのものだ。都市から手近な場所ならいざ知らず、ここは、か細い線路一本で王都と繋がる最果ての地なのだから。

 やがて汽笛に続いて石炭が車輪を動かす力強い音が聞こえてきた。黒煙が見えれば、列車の到着ももうすぐだった。

 











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