◆レディ・サファイア◆










 「は?なれそめ?」

「ええ、お二人のなれそめを!」

 ぜひ!と言い切ると一人はそっぽを向き、一人はにっこりと笑って私の手を取った。

「どうせならこの会話を貴女とのなれそめにしたいな。お美しく文才に溢れたレディ・サファイア」

 この私でさえうっかり舞い上がりそうになってしまった。
 笑みに溢れるなんとも言えない色気と男臭さはさすがは麦わら海賊団黒足のサンジ、と言った所で、泣かした女は数知れずと言う噂はあながち間違いでもないだろう。

 しかし私はこの身を至高の仕事に捧げた女なのだ。

 いちいち男によろめいてはいられない。

「いえ、そうではなく!是非ともですね、世の女性達の憧れのカップル、男同士でありながら終生の愛を誓い合った名だたる麦わら海賊団の剣士と料理人、そのお二人の愛の馴れ初めをお教えいただきたいと…!」

 そうなのだ。目の前のこの二人は、もしかしたら偉大なる航路で最も有名なカップル、とすら言うことが出来るかも知れない。

 そんな二人にこんな港町の酒場で出会えるなど、次の号の特集を「永遠の愛〜大いなる海に抱かれて〜」にしようとしている私にとって幸運に過ぎるというものだ。
 ちなみに私が編集を務めている雑誌「月刊ウォータークラウ
ン」は全偉大なる航路中で総部数一千万部を誇る人気雑誌である。

 しかし、現状に甘えて努力を怠るわけにはいかない。良い雑誌とは常に努力によって作られているものなのだ。

「オレ達の馴れ初めなんて聞いてもつまんないでしょー?」

「そんなことはありません!麦わら海賊団結成から二十年を経て、それでも揺るぎないお二人の絆は世の女性達の憧れの的です!」

 にやりと黒足のサンジが彫りの深い顔に男臭い笑みを浮かべた。

 だってよ、どうするゾロ?くだらねぇ。そう言い捨てると海賊狩りロロノア・ゾロはさっさと席を立ってしまった。

「ああ……ごめんよレディ。そう言うわけだ」

「あ、あの……」

「オレ達の過去は話したくねぇんだってさ。あいつ、照れ屋だから」

 ごめんね、レディ。そう言って黒足のサンジも席を立ち、海賊狩りを追って行った。勘定頼むよ、マスター。うん、あっちのレディの分も一緒にね。

 支払いを終えた黒足が海賊狩りの肩に手をかけてなにかをささやきかける。
 その笑みが外の光の溶けて消えて、私は知らず知らず立ち上がっていた事に気付いてすとんと腰を下ろした。
 惜しいことをしてしまった。

 けれど今ここであった事を書いても充分記事にはなるだろう。ことに、黒足のあの笑顔の事を書けば。恋人に向けたあの美しい笑みをさてどう著せばいいのかと、構想を練るべく私はメモを広げた。

  09/05/04 ZSnaresomeonly/雨の日の猫















◆レディ・サファイア・2◆


 彼等との再会が叶ったのは、わたしが人生の終末をいかに締めくくるかを考え始めた頃のことだった。

 そこは偉大なる航路の中でも有数の交易の島で、わたしはそこに孫の結婚式のために訪れたのだった。

「おひさしぶり。お美しく文才に溢れたレディ・サファイア」

 数十年の時間を一またぎに飛び越えて、元海賊、黒足のサンジはそう言って笑った。

 海に数多の伝説を残した偉大なる麦わら海賊団の消息が絶えて、すでに十数年が過ぎようとしている。

 偉大なる海賊は海神に愛され、船ごと偉大なる航路に飲まれたのだ、というまことしやかな噂などなにひとつ知らないと言う顔でしれっと黒足は笑った。

 なに、お孫さんの結婚式?それはめでたい!知ってたら山ほどのご馳走とケーキを作ったのに、惜しいことをした、ああ今からでも遅くない、レディ・サファイア良かったら貴女のお孫さんのために素敵なケーキを焼こう、今日か明日の晩はどうだい?

 立て板に水としゃべる黒足の舌は若い頃よりいっそうなめらかに、達者になったようだった。相づちを打ち、笑い転げながら、わたしはわたしが過ごしてきた歳月のことをふと思い返した。

 平坦な道だったとは言い難い。それはわたしの顔に深いしわを刻み込んでいるだろう。

 そして同じだけの歳月を、わたしなど想像もつかないような冒険をして過ごしたのだろう黒足の顔にも、年輪は刻まれている。

「それにしてもよく覚えてましたね、わたしのことを」

「オレがお美しいレディのことを忘れるわけがない」

 黒足のウィンクは嫌になるほど決まっていた。

 彼の顔に刻まれたしわも、少し色あせたように見える金髪も、なにひとつ彼の魅力を損なうものではなく、彼はどうやら時を味方に付ける術を十全に心得ているようだった。

「ますますきれいになったね、レディ・サファイア。活躍は時折耳にしているよ」

 小さな地方雑誌から偉大なる航路中で読まれる人気雑誌へ。
 出版社を立ち上げ、独自の配達方法を編み出し、女性誌に留まらず週刊誌、新聞、ありとあらゆる出版物を出してきた。

 サファイアの筆は一国を滅ぼすと、そう囁かれた時代さえあった。わたしはただ真実を、真実を伝えようとしてきただけだ。

 それがどれほど残酷なことであっても、人には知る権利がある。

「今は『月刊シルバーブレッド』にコラムを連載しているんだっけ?あの雑誌は面白いね、毎月楽しみにしているんだ」

 話ながらも彼の手は留まらない。あっという間にわたしの前にシチューとサラダ、パン、スープが並んだ。

 鼻をくすぐる香りを嗅ぎながら、一番気になっていたことを思い切って口にする。

「………あの。『海賊狩り』は?」

「懐かしい二つ名だ。あそこで飲んだくれてるよ」

 振り返ると窓際の席に大柄な人影があった。逆光で見えないけれど大きなジョッキを煽る仕草に見覚えがある。わたしがまだ若く、野心に溢れていた頃酒場で出会った二人組の片割れに間違いないようだった。

「あいつの肝臓だけは時間を忘れたらしい。稼いだ賞金分を死ぬまでに飲み干すのが目標らしいぜ」

 毒づく言葉に滲むような愛情が籠もっていた。なんて彼等らしい。

 光の中に恋人達を見送ったあの日が眩しさと色と、匂いまで伴うほどの鮮明さで戻ってきて、わたしは思わず涙ぐんだ。

 何十年という歳月を経てそれでも変わらないものが存在するというこの世界の真実に、心が震えた。

「また来てくれよ。レディ・サファイア」

 そう言って、黒足はわたしを送り出してくれた。

 始めて食べた彼の料理の味を、わたしは死ぬまで忘れないだろう。
 わたしの住む島は遠い。今日の夕方には発たねばならない。彼等は一つところに長く留まりはしないだろう。

 この命のあるうちに出会うことは二度とないだろう。
 けれどわたしはきっといつでも思い描くことが出来る。
 彼等が二人きりで、長く、ながく旅を続けてゆく光景を。

 



 後日孫から手紙が届いた。

 結婚式の翌日に届いたケーキはすばらしく美しく、美味しかったと。

 わたしは月に一度雑誌に載せているコラムに、活気ある島と美しい結婚式、一流の料理人の営む素晴らしいレストランと約束のケーキのことを記すことにした。

 けれど彼等が何者であるかは、わたしだけが知っている秘密だ。 


             
雨の日の猫/蜩ねこ  09.06.27




5/4、ゾロサンなれそめプチオンリー「青天ファイト!」にて発行したペーパーと6月に出したその続き。
サイトに載せますとかいっときながらずいぶん遅くなりましたよ…スミマセン。