※こちらの小説はR18となっております。
 18歳未満の方の閲覧を禁止させていただきます。
 なお、18歳以上の方も、本文中に暴力・流血・性表現がございますので
 ご注意ください。
 以上を踏まえた上で、先にお進みくださいませ。
 よろしくお願いいたします。




《8》









 

     ◇◇◇

 

 炎の閃く様は美しいと思う。

 一瞬たりとも留まらず、休まず、踊り子のようにくるくると姿を変え色を変え、赤い炎は揺らめく。

 それは原始から人間を魅了した力だ。

 炎と、言葉を得て、人間は人間になったのだ。

 









 

 料理人にとって炎は親しい友人のようなものだ。

 その閃きを見て火力を測って、上手に操ればとびきり美味い料理ができあがる。

 ただしこの友人は少々ひねくれ者で荒々しく、気を抜くととんでもない大惨事を呼んだりもする。

 バラティエでもうっかり度数の強いアルコールに点火させた馬鹿がいて、七人ほど大火傷を負うという事件が起こったことがある。

 近くにいたサンジはたまたま無事だった。

 運がいいなぁとカルネに感心されたが、あれは果たして運だったろうか。

 思えば、火を使う職業のわりに火傷を負うことが少なかった気がする。

 してもせいぜい指先や手の甲程度で、軟膏を塗って三日もすれば痕もわからないくらいのものだ。

 あの技を使うときもある程度の火傷は覚悟したというのに、不思議なほど脚は大丈夫だった。

 すね毛さえも焼け焦げていなくて、かえって首を傾げたほどだ。

「………オレが丈夫なんだと思ってたが」

 思わず呟く。

「案外こいつのせいだったのか……」

 カウンターの向こう側には赤い髪の男が陣取っていた。

 あの日以来、隙あらば悪魔はこうして現れる。

 仲間達のいないときに限って、だ。

 心配させるのも嫌なのでサンジはそのことを誰にも言っておらず、そのうちなんだか慣れてきてしまった。

 適応能力が高いのも時には困りものだ。

 悪魔は、あの時のようにサンジに触れることもなく、ばかばかしい話題を繰り広げ、サンジが何か作っているとちょいとかっさらってさっと消えてしまう。

 今もカウンターの向こうからサンジの手元をのぞきこんで、鬱陶しいことこの上ない。

「………テメェ、もう帰れ」

「ええ?つれないな、ハニー。まだなにもいただいてないのに、もう駄目なのかい?」

「誰が喰わしてやるっつったよ!…まだできあがるのに時間がかかるんだ、炎に放り込んでやるから帰れ」

「いやだね。私はここで君の顔が見ていたいんだ」

「ウゼェっつの」

「君のその黄金を紡いで糸にしたような金の髪、海の色を映す宝石のような瞳、しっとりと柔らかそうな白い肌を間近で見るのが私の喜びなんだよ、綿菓子ちゃん《コットン・キャンディ》。どうか私からその楽しみを奪わないでおくれ」

「………」

 マジでウザい。

 というかおのが身と引き比べてサンジは思わず反省してしまった。これよりはましだと思うが自分も女の子にはこれくらいのほめ言葉を言っている。

 度を超してウザがられないように気をつけなければ。

「………あのな。テメェが何を期待してるかしらねぇが、オレは、今までやっていた以上のものをあんたにやる気はこれっぽっちもねえんだよ」

「そうかい?」

「力は欲しいが、それを自分以外から与えてもらう気はねえ。炎を使ったのだってたまたまだ」

「君は自分に一番近しいものを選んだ、それだけさ」

「ああ、それだけだ。…あんたに、力を求める気はないんだよ。わかっただろ?」

「ふふふ」

 心底おかしげに悪魔が笑う。

「それだけ、だって?君はいつでも一番望むものを私に求めているじゃないか。むしろそちらがメインで、力なぞは副産物なのだろう?」

「望むもの?」

「美味しい料理さ、海の料理人」

 虚を突かれてサンジは黙った。

 それはその通りだ。

 炎に、サンジが求めるものはいつだって、最高の料理の出来だ。

「……だから喰わしてやってるだろ」

「もちろん、もちろん。君の料理をいただくためなら私の力などいくらだって貸すさ。けれどそれだけではないから、私は現れた」

「………」

「本当に、私に、それ以上を望む気はないのかい?」

 しばしの沈黙が落ちた。

 あの技を炎の力だというのなら、それはその通りだ。

 けれど自分が操れる分、自分の力量を越える分を、サンジは得ようとは思わない。

「ない」

「それは、残念」

 詠うような口調で悪魔は言う。

「私は、最高の恋人になれるのに。君に力を与え、君の望むものを探し出す手伝いをして、もちろん夜だって優しくするとも。地獄のような快楽と、天国のような解放を与えてあげよう。炎の熱と氷の静けさを約束しよう」

「……ほんっと良く動く口だな」

「君は自由で、どこにでも行くことが出来る。寂しくなればいつでも私を呼べる。それでも?」

「いらねっつの」

 いい加減うんざりしてきて、サンジは冷蔵庫から作り置きしていたチーズケーキを取り出した。

 ちょうど良く冷えたところだ。

 三時には少し早いが、食べ物を与えてやらないとこの悪魔の口は閉じると言うことを知らない。

「これ喰って帰れ」

 大きく切り取って皿に乗せてやる。

 マスカルポーネにクリームチーズ、隠し味にカッテージチーズをくわえてよーく練った特製の生地に、グランマニエでさっと煮た洋梨をくわえた、最高のチーズケーキだ。

 炎の舌ですべてを焼き焦がしてしまう悪魔も舌鼓を打った。

「ううん、美味い!なんて素敵なチーズケーキだろう、これは洋梨かな?」

「そう。喰ったら、さっさと行けよ」

「ごちそうさま。また期待しているよ」

「もう来んな!」

 含み笑いを残して悪魔が消える。竈の残り火を思わずにらみつけてしまった。

 どうにも最近火を見ると視線が尖って仕方がない。

 炎を単純に美しいと思えなくなってしまったのがなんだか損なような気もする。

 悪魔は、サンジに誘いをかける。

 けれどそれが本気だとも思えない。

 その証拠にサンジが拒むと、それきりあまりしつこくもせず去っていく。

 あるいは、単にサンジの料理を味わう目的で来ているのかもしれない。

 それともひまつぶしのためなのか。

 なんにしろ悪魔の思考が人間のサンジに理解できるはずもないのだ。

 来るなと言ってもさっぱり聞かず、強制的に排除するのも無理な話なので、諦めてほぼ野放し状態だ。

 仲間達は気付いていないが、気配の読めるゾロだけは時折不穏な空気を感じ取るらしく犬が空気の匂いをかぐときのように鼻の頭にしわを寄せたりする。

 そういうときは機嫌が悪くなるので困る。

 いい加減にどうにかなんねぇかなあと思いつつ、打開策がまったく見つからないので諾々と日々を過ごしてしまっているサンジだった。

 



9へ