※こちらの小説はR18となっております。
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《3》









     ◇◇◇

 

 仲間を取り返す。

 そのただ一つの目標のために、人は、どこまで強くなれるのだろう。

 省みて、時折サンジは不思議に思う。

 ほんの数ヶ月前までは他人同士だった。顔も知らず名も知らず、存在していたことさえ知らなかった。

 ルフィはいざしらず、他の仲間達には疑う気持ちも危ぶむ気持ちもあっただろう。少なくとも自分はそうだった。

 それが長い航海を越えて、いくつかの冒険を共にし、ほんの数ヶ月でかけがえのないものになっている。

 今いる仲間の誰が欠けることももう許せない。

 たぶん誰もがそう思っているからこそ、この戦いに勝利することが出来たのだ。

 

 

 ウォーターセブン中を巻き込んだような盛大な宴の後かたづけは、さすがに膨大だった。

 途中まではチョッパーとウソップが手伝ってくれたし、しつけの行き届いたガレーラの面々は自分で片づけていった。

 しかし巨人の飲み食いのあとはそのままだしフランキー一家に至ってはどうすればここまで風呂敷を広げられるのかという惨状だ。

 途方もない量の料理のあとだったのでさすがにいささかうんざりしつつ、それでも片づけを朝に持ち越すのは嫌なので、サンジはなるべくてきぱきと宴の後始末をしていった。

 瓶は瓶、皿は皿、串は串と仕分けて、その合間に中途半端に残っている料理をちょいちょいつまむ。

「ったく、あいつら残しやがって、殺す!ああ、もったいねぇ、なんてことすんだこれはオレが特別に作ったタレで漬け込んだってのに!…ちっと作りすぎたか、しかしこんだけの人数になっちまうとさすがのオレもなぁ…」

 宴の状況を見て料理を供するのも料理人の腕というものだが、これだけの規模では全体を把握することなど不可能だ。

 そして、いくら美味しい料理でも、過ぎたるは及ばざるがごとし、ということだ。

「ちっくしょ、ルフィが残ってりゃ良かったんだが」

 さすがに一人で片づけるには残り物が多い。

 ブラックホールの腹を持つ船長に喰わせればいいのだが、あいにく今日は早々に沈没していた。

 ウォーターセブンの水で作ったという強い酒と、まだ回復しきっていない疲労のせいだろう。何日もまとめて寝込んでもまだあの戦いの傷みがどこかに残っていると言うことだ。

 あの壮絶な意志には到底かなわないと、サンジは時折思う。

「おっと。こっちにも残ってたか」

 プール脇のテーブルの影に小さな卓があって、その上に手つかずの料理が一盛りあった。

 水水肉とパイナップルをパプリカで傷めた眼にも鮮やかな一品だ。彩りに散らしたわけぎもそのままだった。

「もったいねぇなあ」

 自信作だったので少々残念だった。

 しかし手つかずだし、このまま残して置いて明日にでも食べてしまおう。

 皿を取り上げ、ふと思いついてプール脇に焚かれていたキャンプファイヤーの残り火を振り返る。

 水水肉の塊をひょいとつまみとって、炎の中に放り込んだ。

「炎の悪魔に。次の料理も美味しく頼むぜ」

「もちろんだとも、マイスィート!」

 ぎゃ、と思わず声をあげてサンジは飛び上がった。

 呟くような独り言だ、答えが返ってくるなど思いもしなかった。

「な、な…」

「おや、それは残りのお料理かな!もったいない、私などいつも一欠片しか食べていないというのに、なんてことを!どうかなハニー、それを私にいただけるかい?」

 いつの間に現れたのだろう。

 キャンプファイヤーの向こうに見たことのない男が立っていた。すらりとした身体に驚くほどの長身、黒ずくめの服装に一瞬炎と見紛ったような赤い髪。

 口の大きな独特の美貌に満面の笑みを浮かべている。

「だ、誰だあんた」

「さっきからここにいたじゃないか。つれないなあ、私のかわいい蜜蜂ちゃん《ハニー・ビー》。私は腹が減っているんだよ、どうかその美味しい料理を私に恵んではくれないか?」

 いかにも哀れっぽく、滑稽な様子で男がそう言ったのでサンジは思わず笑ってしまった。

「なんだ。せっかくの宴だったのに喰わなかったのかよ」

「残念ながら、私のところまで料理が回ってこなくてね。せっかくの君の料理だというのに私はなんて不運な男なんだろう」

「なんだそりゃ」

 いちいち大げさな男だ。

 サンジが笑っている内に炎を踏み越えるように男はふいと近づいてきて、その手から皿をさらっていった。

「おいおい、冷めてるぜ」

「かまわないとも。どんな料理も私の手に触れればあっという間に熱々だ」

「は?」

 サンジの見ている前で、冷め切っていた水水肉とパイナップルの炒め物が湯気を上げ始めた。

 驚く間もなく男はそれを一飲みにしてしまう。

「……おいおい。顔ににあわねぇ豪快な喰いッぷりだな」

「顔など問題ではないのだよ、蜂蜜菓子《ハニースィーツ》。なにしろ日々変わってしまうものだ、なんの価値もない。それよりはこの料理をおいしくいただけることの方がどれほど重要か!なんて美味しいのだろう、まったくこれを残すことができるなんて人とは罪深い!」

「………」

 あんまり真剣な口調で男が言うので、サンジは照れてしまった。ハニーだのスィートだの、いちいち引っかかる呼び方だが、単にこの男の癖なのかもしれない。

「さ、残りの料理も食べさせておくれ。残すのはもったいないだろう?」

「けど、残り物ばっかりだぜ」

「かまわないとも。こんな美味しい料理を残す方が罪というものだ!」

 踊るような足取りで男がひょいと炎を飛び越えた。

 サンジは眼を見張る。さっきは炎が小さくなったところを越えたのかと思ったが、今のは明らかに炎の舌が男の脚を舐めていた。

 なのに、その黒い服は燃える様子も見せない。

 よほど燃えにくい布で作ってあるのだろうか。

「熱くないのか、あんた」

「熱い?なにを言っているんだね、綿飴ちゃん《コットン・キャンディ》」

「いちいちそういう呼び方すんのウザいからやめろ。わざわざ焚き火またぐことねえだろ、燃えるぞ」

 サンジがそう言うと、男は心底不思議そうに首を傾げた。

 それから、おもむろに爆笑し出す。

「なんだってんだよ」

「だって、こんなにおかしいことはない!かわいいかわいい小鳥ちゃん、人間は眼にだまされるものだけど、大切な君も同じとは!十何年も寄り添ってきたというのにつれないなぁ!」

「はぁ?」

「いつもいつも美味しい料理をありがとう、しかし一欠片なのが不満だが、仕方がないね食べ過ぎては太ってしまう。悪魔は餓えているくらいがちょうどいい」

「………」

 にやり、と男は笑った。

 その赤い口が耳まで裂けて、吐息のように炎がこぼれ落ちる。

「炎の悪魔、と。いつでも呼んでくれるじゃないか、マイスィート。君の美味しい料理に魅せられて、ついついこんなところまでやってきてしまったよ!」

 くわえたままだった煙草がサンジの口からぽろりと零れる。紫煙を上げるそれを片手でつかみ取った男が、掌の上で炎を上げてそれを綺麗に燃やして見せた。

 


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