※こちらの小説はR18となっております。
 18歳未満の方の閲覧を禁止させていただきます。
 なお、18歳以上の方も、本文中に暴力・流血・性表現がございますので
 ご注意ください。
 以上を踏まえた上で、先にお進みくださいませ。
 よろしくお願いいたします。




《11》









 

 

 

     ◇◇◇

 

 それからサンジが炎の悪魔と再会したのは、ずいぶん長い時が経ってからだった。

 

 

 囂々と建物が燃えている。

 肌が焦げるようなその熱気が間近で、サンジは、そろそろ背に寄りかかっている男を起こさなければ、と思う。

 ぎりぎりに競り合い、命を削ぎ落とすような一戦のあと、ゾロは墜落するように眠りに落ちてしまった。

 ここはまだ戦場だというのに。

 仕方がないので背を貸して、炎と煙に巻かれる直前まで眠りを貪らせてやっている。

 目が覚めたら自分の脚で逃げ出させた方が早い。

 何しろサンジもゾロを担ぐことが出来ない。

 脚が一本折れていて、歩くこともままならない状態だからだ。その脚を折ったのがゾロだと言うところがまたどうにもならない。

「……クソ」

 煙草もない。

 やってられるか、と毒づいたら、不意に炎の熱気が遮られた気がした。

 ふと顔を上げて、たった今までいなかったはずの男がいることに気付く。

「………よぉ。久しぶり」

「私には一瞬だ。……しかし君はだいぶ大人になったようだね、マイスィート」

「そう呼ぶなっつってんだろ…」

 思わず笑ってしまった。

 なるほど悪魔だ、男は少しも変わらない。

 自分はずいぶんくたびれただろう、あの時からもう十数年が経っただろうか。

 唐突に現れた炎の悪魔が、熱気を遮るようにサンジの目の前に立っていた。

「まったく気にくわない。君は相変わらずその男といるのだ

ね、蜂蜜菓子《スィートハニー》」

「三十過ぎのオッサンつかまえてハニーはねえだろ…」

「歳など私には些細なことだ。君の魂の色はちっとも変わっていないのだよ、仔猫ちゃん」

「………」

 そぐわないにもほどがある。

 つーかむしろトリハダが。

 と思ったけれど口に出すのはやめておいた。

 悪魔と人間の感覚は違うのだ、ずいぶん前にそのことは思い知ったはずだ。

「どうしたんだよ、急に」

「君が困っているようだったので」

「なんだ。ひと思いに焼き尽くしてくれるのか?」

 からかい混じりの口調でそう言ったが、冗談にならないのはわかっていた。

 このままゾロが目覚めなければ二人でここでこんがりウェルダンだ。

「心は、変わらないのかい?」

「……は?」

「いい加減、わかっただろう、ハニー。その男はどうしようもない魔獣だ」

「……はっは。悪魔に言われるたぁ、大したもんだ」

 思わずのけぞって、サンジは笑ってしまった。

 確かに魔獣だ。あのころも強かったが今の強さといったら鬼か夜叉かと言ったところで、さて賞金はいくらになったのだったっけ。

「変わらねえよ。悪魔」

「ふうん」

「絶対に、変わらねえんだよ」

 けれどゾロは人だ。

 人なのだ。

 サンジを貪り尽くした夜に、その金色の眼が、後悔に揺れていることを知っている。血と精液でまみれた下肢を不器用にタオルで拭う手があることを知っている。

 さんざん敵を切り倒したあと、彼が、血に染まってそれでも振り返る瞬間があることを。

「あのな。あの頃から、こっちはとっくに腹を決めてんだよ」

「魔獣の、獲物になる覚悟かい?」

「ふざけんな。どんだけ喰われても、喰われつくさねえ覚悟に決まってんだろ」

 サンジは強くそう言った。

 喰われないこと。この男の一部にならないこと。

 その意志に、夢に、強さにひきずられないこと。

 それが出来なければゾロの傍に長く居続けることなど到底出来はしないのだ。

「わかったかよ。炎の悪魔」

「……ふぅん」

 子供のように鼻で唸って、悪魔は小首を傾げた。

「わかった。……わかった、ような気がするよ。マイハニー」

「………」

「君のその、私を惹いてやまない魂の輝きの一部は、その男を思う気持ちから作られている」

 感心したように頷いて、残念だ、と言った。

「とても残念だ。私は本当に、君に、恋をしていたのだよ」

「……そうかよ」

「そうだとも。君があのパイをくれた瞬間から、君の脚に宿って敵を倒す瞬間、君の料理を美味しく焦がす瞬間、なにひとつ忘れないくらい、君のことを愛している」

「そりゃ、光栄だ」

「うん」

 頑是無い子供のように頷いて、悪魔は西を指さした。

「その男の眼が覚めたらこちらにむかうがいい。私は決して君たちを焦がさないようにしよう」

「ありがとよ」

 うん、と悪魔がもう一度頷いた。

「サンジ。けれどね、その生に疲れてしまったら」

「………」

「もう、終わりにしようと思ったら」

 詠うように、その独特の口調で、悪魔はそう言った。

「いつか、呼ぶがいい。その甘い声で、私の名を。私はどこにいても馳せ参じ、そしてお前とその獣を焼き尽くしてあげよう」

「………」

「約束だ」

「……おう」

 さようなら、とささやいて。

 悪魔の姿は一瞬でかき消えた。

 

 














 

 

 

 泥のように深い眠りから目覚めて、最初に感じたのは背と

頬の熱さだった。

「おい!おい、ゾロ!」

 ふわあ、と欠伸を一つする。

「どんだけ寝てんだこの三年寝太郎!いいから起きろ、起きて状況を見ろ!」

 うるさいのはこの十数年片時も離れなかった男だった。

 罵られて眼を開けて、思わずうお、と呟く。

「なんだこりゃ」

「ようやく起きたかよ…」

 周り中がじりじりと焼けていた。サンジは少し疲れたような顔で目をつり上げて、ゾロの頭をはたいた。

「おら。逃げるぞ」

「ああ」

「さっさとオレをかつげ」

 そう言われて思い出した。 

 この男の脚は折れているのだ。自分がこの手で折ったはずだ。

「………」

「いいから、さっさと担げ!ここで二人揃って丸焼きの子豚みてぇになりてーのか!」

 慌ててサンジを担ぐ。

 いつも思うがこの男は軽い。そう言ったら鉄串と比べられてたまるかと殴られたが。

「あっちだ」

 サンジが指を指す。

「どっちだよ」

「西だ。あっちに向かえよ、ゾロ」

 炎が行く手を塞いでいるように見えるが、サンジにはちゃんと根拠があるのだろう。

 ゾロは走り出した。

 その首にぎゅっとサンジがしがみつく。

 炎よりも背の方が熱い気がした。

「………あのな」

「なんだよ」

「悪かった。……脚、折って」

「なにを今更」

 ふん、とサンジが憎たらしく笑う。

「治るまで隅から隅まで面倒みやがれ」

「ああ」

 ぱちぱちと炎が爆ぜて、熱風が頬を撫でていく。

 けれどサンジの指した方向へ、ゾロはただ、ひたすらに駆け続けた。

 この先にはきっとサニーと仲間達が待っているのだ。

 辿り着かなければ。

 

 

 ゾロの背でサンジが、一蓮托生ってなこのことだなぁ、と言って、おかしくてたまらないという風に笑った。

 

 

 

 

 





















 

 

 

 

     ◇◇◇

 

 さあて。人間諸君。

 私の物語はこれでお終い。

 それからも金の髪の海の料理人は生きていたし、生ききった。緑の魔獣もね。

 けれど少々腹立たしいので、その先は語らないでおこう。

 

 私はたくさんの人間を愛したし、これからも愛するだろう。

 けれどあの愛しいスィートハートが心底愛おしく、欲しかったことも、本当だ。

 失恋とはなんて悲しいものなんだろう!

 

 さあ、失恋の痛手を癒しに新しい恋でも探しに行こうか。

 最近では少々減ってしまったが、美味しい料理を私にくれる海のコックはまだまだいるのさ。

 中には、この舌を満足させてくれる人間だっているだろう。

 ああ、それにしても美味しかったなぁ、あのサンドイッチにチーズケーキ、そして私のためのラザニア!

 

 

 

 悲しいが人の命は尽きるもの、そして生まれてくるものだ。

 どうかこの舌を満足させてくれる素晴らしい料理人に、再び巡り会えますように。

 

11/06/06













08/08発行「炎の悪魔の物語」

悪魔にサンジをなるべくばかばかしい感じに呼んでいただこう。
と思っていたのですがWebにするとなおいっそう微妙。

2011/06/06