※こちらの小説はR18となっております。
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◆紅い足の伝説・6◆










◇◇◇  137日目 ◇◇◇

 

 もう日付の感覚が鈍くなっていた。

 一日は昨日の繰り返しだ。朝太陽が昇り、海は黒く、クルー達はみな思い思いの場所で少しも動かずに日中を過ごす。

 オールが漕げなくなって何日が過ぎただろうか。

 風は相変わらず凪いで、海に波はほとんどたっていない。 キッチンにみなを呼び集めることは、もうしなくなっていた。

 その代わり、コップに注いだ一杯の水を配って回る。

 ぐったりと船縁に凭れたナミの前に差し出すと、オレンジの髪を揺らして顔を上げたナミがにっこりと笑って見せた。

「ありがと、サンジ君」

「いや。……頑張って、ナミさん」

「もちろんよ。サンジ君も、頑張って」

「ああ」

 このところ、これがクルー達の挨拶になっている。

 頑張って。もう少し頑張って生きのびて。

 明日には青い海が見えるかも知れない、明後日には陸地が見えるかも知れない。

 希望を繋ぐために頑張って。

 一杯、一杯、サンジは水を配る。

 雨はあれから降らない。

 残りの水は、もう樽に一杯半ほどだ。

 チョッパーに水を渡すと、黒い眼がしっかりとサンジを見上げた。

「サンジ」

「おう」

「………サンジ」

 その眼が何を言いたいかなどわかっている。けれどゆっくりと、サンジは首を振った。

「まだだ」

「けど」

「まだ、っつってんだろドクター。人間はお前が思う以上にしぶといんだ。ちゃんと冷静に見極めろ」

「………」

 限界はもう眼に見えるほどだった。

 けれどたとえその日が来ても嘘をつき続けると、サンジは決めていた。

「……チョッパー。お前の医療品の中にはもう使えるものはなにもねぇのか?」

「ブドウ糖はもう全部打っちゃったし……他は薬ばっかりだ」

「そうか。……なあ、ちょっと見せてくれよカバン」

「ええ?ホントになにもないよ」

「いいだろ、暇つぶしだ。どうせやることもねぇんだし。お前だってたまには自分の得物の手入れしなきゃいけねぇんだろ」

「えもの?」

「ほらほら」

 せっついてカバンをとってこさせる。

 あまり動きたくないらしく渋っていたチョッパーは、けれどカバンを開けた途端生き生きと眼を輝かせた。

「ほら、これが頭痛薬……こっちが火傷の薬。この間の島で材料を買って作っておいたんだ」

「へぇ。すげぇな、ドクター」

「ド、ド、ド、ドクターなんて言われたって嬉しくねぇぞコノヤロウ!!」

 エッエッエッ、と久しぶりにチョッパーが声を上げて笑う。

「こっちの薬は?やっぱりお前が作ったのか」

「ううん。そっちは買ったんだ。調合が難しい……っていうかちゃんとした設備がねぇとできねえ。モルヒネと抗生物質色々だ」

「こうせいぶっしつ?」

「バイ菌が身体に入ったとき繁殖しねぇようにする薬だ。怪我の治療の時、飲むだろ」

「ああ、あれか」

「それからこれは……」

 一つ一つの道具を丁寧に磨きながら、チョッパーがサンジに説明をしてくれる。それを感心しながらサンジは聞いていた。

 久しぶりの、穏やかな時間だった。

 

 

 

「なんだ。用事ってのは」

 キッチンにやってきた男は、やはり帯刀していた。

 敵ももう何十日も来ていないというのに、律儀なことだ。

 筋肉は落ちて骨ばかりが浮き、餓えにぎらぎらと眸を光らせたゾロは、それでもまだ剣士だった。

 理性を失っているようでもない。

 それが何故だか嬉しくて、サンジは笑った。

「よお、クソ剣士。大丈夫か?」

「大丈夫だ。……そんなこと聞くために呼んだのかよコック」

「ちげぇよ」

 す、と手を上げる。

 自在に包丁を操る指先が、黒いスラックスの上をすいと横に薙いだ。

「あのな。ゾロ。……ここ、斬ってくんねぇか」

「………?」

 ゾロの眉が訝しげに寄せられる。

 何を言われたのか理解しかねたのだろう。

 栄養失調で鈍くなった頭にも理解できるよう、サンジはもう一度繰り返す。

 オレの脚を斬ってくれ。

 ゾロの眼が驚愕に見開かれた。

「………なに……言ってンだ。テメェ」

「何もクソも。分かりやすいと思うが」

「斬って、どうしようッてんだ。……まさか」

「その通り。料理して、テメェらに喰わせるのさ。ゾロ」

「……ふざけんな!!」

 声を荒げてゾロがテーブルを叩く。みし、と厚い木で出来たテーブルが鳴って、やめてくんねぇかとサンジは顔をしかめた。

 これが割れたらみんなで食事がとれなくなってしまう。

「な、なに、考えてやがる……クソコック」

「生きのびる最善の方法に決まってンだろ。短絡バカ剣士」

 煙草をくわえる。

 ここ数十日、一度も使っていなかったマッチを擦った。

 久しぶりに吸い込む煙はくらくらと頭を揺さぶるほど強烈だったけれど、今はこれが無くてはいられない気がした。

「限界だ。そろそろ。……テメェとルフィはともかく、ナミさんやロビンちゃん、ウソップとチョッパーは」

「まだだろ」

「自分と他人を一緒にすんな。なにか喰わさなきゃ、もうもたねぇよ」

「………」

「良く考えろ。ゾロ」

 剣士は、いつか鷹の目に相対したときのような底光りする怖ろしい眼でサンジを睨んでいた。

 けれどそんなものに怯む気は毛頭無い。

 それはサンジを気遣うが故の怖ろしさだと言うことを良く知っている。

「考えろ、ゾロ」

 もう一度サンジは繰り返した。

「誰も、亡くせねぇよ。わかってるんだろ」

「だからって……」

「ああ、解ってる。ここでちょっとばかり喰わせたところで、無駄かもしれねえ。けど、足掻かずに終わることも出来ねぇだろ。明日には海が青いかもしれねぇ。明後日には陸地が見えるかもしれねぇ」

 足掻くこと。出来る限り足掻き続けること。

 生きていると言うことにしがみつくこと。

 それも七人全員でだ。出来ることと頭脳のすべてを使って、サンジはそうすることに決めていた。

「………じゃあ」

「オレが、とかクソくだらねぇこと言うんじゃねえぞ。ゾロ」

 おそらく予想通りのことを言いかけたゾロをサンジは素早く遮った。

「ろくに詰まってねぇマリモの脳味噌で、あんま考えんじゃねえよ。ゾロ。作戦は頭脳派なオレ様にまかせとけ」

「……ふざけんなアホ眉毛が」

「ホントのことだろうが。……ゾロ、オレはな、ここで死ぬ気なんざぜんっぜんねえんだよ」

 笑ってみせる。

 せいぜい、ふてぶてしい笑みで。

「あのな。オレが考えに考え抜いたのは、このけったくそわり

ぃ黒い海を抜けて、をこれからも旅して、そんでそれぞれの夢を叶える方法だ。……テメェの夢は?ゾロ」

「……大剣豪だ」

「その通り。ルフィは海賊王、オレはオールブルーで料理が出来りゃいい。……脚を切り落としても死なねぇ確率の高い面子の中で、たとえ片脚になっても叶う夢を持ってるのは、オレなんだよ。ゾロ」

「………」

「わかってんだろ。テメェらは、戦うのが商売。オレは、料理が商売。喰っただろ、ゼフの料理。美味かっただろう」

 自分の足を自分で喰った海賊は、その後も生きのびてたくさんの人に美味しい料理を食べさせるレストランを作った。

 あの料理の美味しさに、いったい何度魅了されたことだろう。

 この両手さえ残っているのならば、美味しい料理をいくらでも作ることが出来る。

 それはサンジの誇りと生き甲斐だ。

「オレはこれからいくらでも、美味い料理を作ることが出来る。たとえ片脚が無くなっても」

 サンジは畳みかけた。

「……つーのが、理由の一つ。でも本当の理由は、それを思いついたのがオレだからだ」

「………」

「テメェでも、ルフィでもない。オレだ。オレが、オレの脚を喰わせて全員を生きさせようって思ったんだ。だからテメェらに喰わせるのは、オレの権利だ。ゾロ」

 ゾロは何も言わない。

 くわえた煙草は少しずつ短くなって、吸うことも出来ない紫煙が立ち上っている。久しぶりの煙草と打っている薬が、くらりと視界を揺らした。

 ゾロは何も言わない。

「………ゾロ」

 じっと見つめるその深い眼の色に堪えきれなくなって、思わずサンジはその胸倉を掴んだ。

「生きろよ……生きてろよ。オレに、みんなを、助けさせろよ。ゾロ!」

「……ッ」

「クソ……ッ!わかってんだろ、ゾロ!オレはテメェを共犯に選んだんだ!!

「………なに?」

「わかってんだろ……お、オレだって、ひでぇことするって思ってる!!」

 常に忘れることのない罪がある。

 それは両肩にのし掛かって、幾度も歩みを止めさせようとサンジを苛んだ。たとえその当人が望んでいない、責めていないのだと知っていても、それは罪だった。

 今もサンジは思い出す。

 ナイフを持って食糧を奪おうとゼフの元へ向かったあの自分の醜さと、戦うための片脚を自ら無くしたゼフの優しさ。

 自分のために捨てられたものの大きさ。

 あの強さ、潔さに焦がれて、そして多くのものをサンジは与えられた。

 どんなに願ってもあの人には返せないものを、また誰かに自分も与えたいのだとサンジは願う。

「頼む……頼む、ゾロ。……オレと一緒に、背負ってくれよ」

「……サンジ」

「ゾロ。……オレだって、怖い。…怖い。けど、頼む、ゾロ」

 長い、長い沈黙の後で。

 わかった、とゾロが唸るように呟いた。

 

 黒いスラックスをサンジが脱いだ。

 目立たない金色のすね毛の生えた白い脚が露わになって、ゾロはどきりとする。それは彼の顔と同じように肉が痩けていたけれど、夜目にも輝くほどに白かった。

 その付け根を、ぎっちりとサンジが自分のネクタイで縛った。

 左脚だ。

「………失神しちまうんじゃねーのか」

「ああ……多分、平気だ。チョッパーの鞄から、麻酔薬をちっとくすねた。打ってある」

 左側の腰から下の感覚がねぇよ、とサンジが笑う。

 これから失うものの大きさを少しも感じさせない笑みで。

 真っ白な和道一文字の柄を握る手が、震えた。これから彼の何をどうしてしまうのか、考えてもそれはまるで現実のことではないかのようだった。

 いてえぞ、と呟く。

 覚悟の上だとサンジが言った。

 これから彼は、落とした自分の足を刻み、煮込んで、シチューを作るのだという。最後の最後までとっておいた岩塩が役に立つぜと笑った。

 共犯だ、と笑う。

 彼が失うものの大きさをゾロは想像でしか知らないと言うのに。

「ゾロ」

 はっきりと彼が名前を呼んで促す。

 見つめたサンジの眼はまるで海のように美しく、ゾロは不意にとりとめもない安堵を覚える。

 なんだ。

 海は、まだここにあるじゃねぇか。

「サンジ」

 彼の脚。

 強く、美しく、まるで舞踏を踏むように敵をなぎ倒し、空を舞う脚を。

 ゾロは一閃した。

 刀を持つ手は少しも震えず、ゾロは己の出来うる限りの技量を以て、料理人の脚を斬り落とした。

 

 

 

 

 

 

 切り口はゾロの刀を焼いたもので塞いだ。じゅう、と血と肉の焦げる音が立ち上って、けれど痛みは少しも感じなかった。

 チョッパーの麻酔薬に感謝する。

 薬がなければ、さすがの自分もこれからこの場所で料理をすることなど出来ないだろう。

 落ちた脚を拾い、血を汲んだバケツを持ってキッチンに向きなおる。

 ぐらりと身体が揺れた。

「……ああ……サンキュ」

 倒れるかと思った身体はゾロの腕に支えられた。

「ついでに……そこの、鍋に、水入れてくれ。たっぷり」

「わかった」

 サンジがキッチンに手を付いたのを見届けてからゾロが寸銅鍋に水を汲む。

 熾した火の上に置き、ぐらぐらと煮えるのを待った。

 その間に肉の下ごしらえをする。

 丁寧に毛を削ぎ、固い骨と肉の間に包丁を滑らせる。

 最近まったく握っていなかった包丁は相変わらずの切れ味で、ぱっくりと紅い色がその傷口から覗いた。

 ぐ、と不意に込みあげるものがあってサンジはとっさに流しに屈み込む。

 後ろから、ゾロがしっかりと支えてくれていた。

 吐くものもないのに激しい嘔吐感が突き上げてとまらなかった。

「……サンジ」

「……っぐ、がは…ッ」

「サンジ。……つれぇなら、オレがやってもいい」

「う、るせ……ッ、テメェのなまくらと、包丁、一緒にされちゃ困るんだよッ」

 ようよう答えるとゾロが唸る。

 包丁を握り直して、サンジはそれに向かい合った。

 これは自分の脚。

 けれど食料だ。

 これでみんなに、食べさせることが出来るのだ。

 肉を骨から外し、ぐらぐら煮立った鍋に先に骨を放り込む。

 まだかろうじて生きていたローズマリーの半分を入れ、骨を煮込む間に肉を一口大に刻んでいく。

 覚悟など重々していたはずなのに、気が触れそうだと思った。

 背後に、体温が感じられるほど近くに立つ男に、つい聞いてしまう。

「……ゾロ。オレは、狂ってるか」

 まともじゃないか。

 こんなものを仲間達に喰わせようとしているのは餓えて頭がおかしくなってるからか。

 けれどその問いをゾロは一蹴した。

「なに馬鹿な事言ってる」

「………」

「テメェは……料理をしてるだけだ。生かそうとしてるだけだ。オレ達を」

 ほんのひとかたまりだけ残った岩塩をすり鉢で細かくすりつぶし、肉にまぶして擦り込んだ。

 一粒の無駄もないように。

 バケツの中に残った血もすべて入れてしまう。

 フライパンでまんべんなく焦げ目をつけた肉を入れ、ローズマリーの残りを足せば、それで終わりだった。

 掻き混ぜながら、少しでも美味くなるようにと願った。

「サンジ」

「……ゾロ」

「おい」

「……オレは……倉庫に、いるから」

「ああ」

「喰わねぇかもしれねえから……あいつら、元が、なんだか知ったら」

「……これを喰わねぇとか言いやがったら、オレが無理矢理にでも口に突っ込んでやる」

「ああ……頼む。ゾロ」

 もう霞んだ眼で、サンジはゾロを見た。

 少しも揺るがない男の眼が、まるで泣いているように濡れていた。オレの眼が霞んでるせいだなと思う。

「ゾロ」

「なんだ」

「テメェは……喰って、くれるか?」

「……ったりめぇだ!」

「じゃあ、良かった」

 倉庫へ行こう。

 そう思った途端、すっと意識が暗闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間達はみな無言だった。

 誰も何も言わず。たっぷりとした深皿に盛られた肉と塩とスープだけのシチューを平らげた。

 肉の臭み消しのローズマリーが、甘く薫っていた。

 美味しいわ、とナミが呟く。

 その両眼からは堪えようもない涙が滂沱と溢れていた。

 美味しい、美味しいと泣きながら、仲間達はそろってきれいにシチューを平らげた。

 その様子をゾロは倉庫に隠れて寝ているコックの代わりに最期まで見届けた。

 そのシチューは夜中のうちに煮込まれ、肉はとろけるほどの柔らかさだった。

 膝の軟骨を、ゾロは、噛み砕いて飲んだ。

 

 

 

『酷い、酷いよぅ、ザンジ!お、おでのこと、食べてくれっで言っだのにぃ』

 啜り泣きはチョッパーの声だった。

 ぐい、と唇の中に無理矢理押し込まれたものは、とても甘くとろけた。

『ザ、ザンジが……くれだ、ギャンディだよぉ……だ、誰かが……ほんとに、危なくなったらって……と、とっといたんだ…!死なないで、じなないでよ、なあ、ザンジィ』

 自分でするよりもよほど的確で優しい手つきで、傷口が治療され、包帯が巻かれるのが解った。

『ほんと、あんまりよ。サンジ君』

 甘酸っぱいものが口の中に押し込まれた。甲板のミカンの味だと気付く。

 最後の実はもうずいぶん前に成って、それはナミに渡したはずなのに。

『生きてね。お願いよ』

 もちろん。

 こんな所で死ぬ気はない。全員揃って生きのびるためにこそ、こんな酷い手段を選んだのだから。

『とても、美味しかったわ。コックさん。……あなたの、脚なのにね』

 柔らかな声と共に唇が湿った。少しずつ、垂らされる水をサンジは飲んだ。仲間達は交替でサンジの傍らに来て、水を飲ませてくれた。

 それは今まで飲んだどんな水よりも美味しかった。

『死ぬなよ……死ぬな。コック……サンジ』

 うるせぇな。だから死なねえって言ってるだろクソ剣士。

『テメェが共犯になれっつったんだろう』

 その通りだ。 

 その重さを、一人で背負いきる自信がなかった。

 だから一番図太そうなお前を選んだんだぜ。ゾロ。

『死ぬんじゃねえ、サンジ』

 不意に柔らかなものが唇に重なった。チョッパーのくれたキャンディの様に甘く、ナミのくれたミカンのように瑞々しい。

 しっとりと唇を押し包み柔らかく触れるそれにサンジは震えた。

 きっと生きることが出来る。

 そう思った。

 

 

 





























 

 それから十日後に、黒い海は途切れた。

 仲間達の歓声と泣き声は天をつくかのように賑やかに晴れやかに、海を渡った。

 空は青く、海は青く、釣り糸をたれれば魚はいくらでも釣れた。

 残念ながら調理をしたのはサンジではなかったが。

 ナミやウソップの心づくしの料理は充分に美味しく、起きられないサンジを少しずつ癒してくれた。

 ルフィとロビンとゾロの料理の腕は壊滅的だということも解った。

 チョッパーは鍛えればどうにかなるかも知れない。

 海も空も青い。

 ただそれだけの無上の贅沢を、みんなが味わった。

 

 そして船は長い、長い旅をした。

 

 島から島へ渡り、たくさんの人々に出会い、たくさんの冒険

をした。海の底にも潜ったし、も越えた。

 それは険しくつらく、長い道のりだったけれど、その十倍も百倍も楽しく充実した旅だった。

 仲間達はまた増え、一人も失われなかった。

 黒く怖ろしい海の航海もいつしか冒険の物語として語れるようになった。

 決して癒えない傷をただ悼むのではなく、そこに在るものとして、乗り越えてきたものとして受け入れられるように。

 そして、その長い長い航海の間に。

 ゾロは一度も、ただの一度も、片脚のコックを戦闘にくわえようとしなかった。

 もちろん、素敵なレディ達を守ったことは幾度もある。

 マナーがなっていない奴等をムートンショットで蹴り飛ばしたことも、襲ってきた海王類を撃退したことも。

 けれど戦いになるたび、剣士は料理人の前に立った。

 失わせた途方もなく大きなものを、どうにかして補おうとするかのように。











 

 そして船長は海賊王に。

 剣士は大剣豪に。

 料理人はオールブルーを見つけ、航海士は世界地図を描き、狙撃手は勇敢な海の男になり、船医はどんな病気も癒し、考古学者はラフテルで真の歴史を見つけた。

 長い、長い旅だった。

 満ち足りた、航海だった。




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