※こちらの小説はR18となっております。
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 なお、18歳以上の方も、本文中に暴力・流血・性表現がございますので
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◆紅い足の伝説・4◆










◇◇◇ 69日目 ◇◇◇

 

 喉が渇いたなぁ、とウソップが呟いた。

 一日コップ半分の水になってからもう三日目だ。今日のオールの当番はゾロとウソップ、チョッパーだったので、サンジは少しだけ多めに汲んでくれた。

 けれどそれももう午後の早い時間には無くなってしまった。

 後は堪えるしかない。

 水がない、という状況がこれほどにつらいとは、考えたこともなかった。

 傍らではチョッパーが、口に入れた干した杏をゆっくりと噛んでいる。

 向こう側ではゾロがやはり一休みをしていた。

「喉が渇いたなぁ」

 言ってもしょうがないぼやきをついつい零してしまうのが自分のどうしようもないところで、その弱さにウソップはほとほと嫌気がさす。

「わけてあげましょうか。長鼻くん」

「え……」

 自分のぼやきなど誰も聞いていないと思ったのにそう言われて、慌ててウソップは起き上がった。

 階段から見ていたロビンが、自分の分のコップを差し出している。

「い、いいのか……ロビン」

「私はオールを漕いでいたわけではないもの。必要なら」

 ごくん、と喉が鳴る。

 朝からずっとオールを漕ぎ続けた手は痛く、眼もひりひりして、喉はカラカラに渇いていた。

 数時間前に飲み干してしまった水の冷たさと、これ以上の甘露は無いという味を思い出す。

 くれ、と言いそうになって。

 不意に、ちかりと視界の端に光るものが見えた。いつのまにかキッチンからサンジが出てきていたのだ。

 少しだけ眉を顰めたサンジは、いつものように怒るかのと思った。

 テメェ、かよわきレディの水をとろうとするとは何事だ、とか怒鳴って蹴りの一つも飛んでくるかと。

 けれどサンジは少しだけ哀しそうな顔をして、ゆっくり頭を振った。 

 金の髪が揺れるのが綺麗だなぁと馬鹿なことを思った。

「………い、いいや。ロビン。ありがてぇが、それはお前の水だろ」

「………」

「な、ロビンだって喉が渇いてんだろうよ。オレ様なら大丈夫、このキャプテンウソップ様がこの程度でくたばるわけねぇだろ!なにしろオレぁ、一日で大滝の水を飲み干したこともある男だぜ!!」

「えぇ〜、ホントか!?」

 隣でチョッパーが眼を剥く。

 常にウソップのおおぼらに騙されてくれるチョッパーは実に良い聴衆だ。

「おお、本当だとも。良いかチョッパー、それはオレが十二の時だった……」

 口先からべらべらとでたらめをふきながらちらりと見ると、ロビンがカップを引っ込めるのが見て取れた。

 苦笑した口元が、ごめんなさいと動くのを心底申し訳ないと思った。

「ええっと、そんなわけで、オレぁその滝の水を飲み干しておばあちゃんのうちに届け物に行ったわけだ!!」

「すっげーな、ウソップ!」

「おお、オレはキャプテンウソップだからな!つーわけでチョッパー、漕ぐぞ!ゾロもだ!」

「おお!」

「こんな海さっさと抜けたらぁ!!」

 休憩を終わりにして、オールに手を掛ける。

 速く、速くこの黒い海を抜けるのだと決意して。

 

 

 

 深夜のキッチンにウソップがやってきた。

 このところ明日の仕込みも蝋燭一本の光の中ですることにしている。仕込み、といっても大したことをするわけでもない。

 小麦粉を酒で捏ねて寝かせておくだけだ。

「………助かった。サンジ。ありがとう」

「ああ?なにがだよ」

 何のことを言っているかはすぐに解ったが、敢えてぞんざいにとぼけてみせる。

 もう追求するようなことではなかった。

 ウソップは堪えた、それだけで充分だ。

 日々食糧の減る中、何の争いも起きず、それどころかみんながそれぞれを気遣うこの船は本当に奇跡のようだと思う。

 ちらりと見れば、ウソップは悄然とした顔をしてうなだれている。

 叱られ足りないのかとサンジは苦笑した。

「………ちっと、昔話をしようか。ウソップ」

「は?昔話?」

 テーブルを挟んで向かい合わせに腰掛ける。

 視線を逸らして、サンジは丸い窓の外を見た。さすがに顔を見ながら出来るようなみっとも良い話ではない。

「ある船に、コック見習いのガキが乗り込んでた。ガキはチビのくせに、自分は一人前の料理人だと思いこんでた。そんな船を、ある日海賊が襲った」

「おいおい、何の話だ?」

「黙ってききやがれ。……その日は嵐だった。ガキは、波にさらわれて海に落ちた。どうしてだかガキを助けようとしてくれた海賊と一緒にだ」

「………」

 あの頃の記憶は鮮明だ。

 手に触れるほどの近くにあの暗い嵐の海の怖ろしさが返ってくる。そして波に翻弄される中、しっかりと自分を抱えていた腕の確かさも。

「二人は、木も草も生えてねぇ岩山に打ち上げられた。食糧は一緒に波で打ち上げられた分だけだ。海賊が分けて、互いに岩山の反対側で海の向こう側を見張り合った」

「そりゃ……おい、サンジ」

「食糧が尽きたとき……ガキは、海賊の食べ物を奪おうとした。自分を助けてくれた男の分をだ」

「………」

「海賊はなにも喰ってなかった。食糧を全部ガキにやって、自分の足を食べて生きのびていた。……ガキはどうしようもなくガキだったってことさ、ウソップ」

 テーブルの向こうではウソップが何とも言えない顔をしている。

 煙草をくわえて、サンジは笑って見せた。

「餓えることより……食糧より。生きてるってことより、もっと大事なことがあるはずだろ。なぁ?」

「………その通りだ」

「それが解んなきゃ、ガキはガキのまんまなのさ」 

 お前は充分男だよ、と言ってやる。

 ほっとしたような顔をしてウソップも笑った。

「さっさと寝ろよ。オール漕ぎで疲れてるんだろ」

「ああ……サンジは?」

「もう寝るさ。片づけが終わったらな」

 じゃあ、と言ってキッチンを出ようとしたウソップが少し躊躇って振り返る。

「なあ」

「ん?」

「……そのガキは、何日くらい、岩山にいたんだ」

 問われてサンジは笑う。

「忘れちまったよ」

「そうか」

 今度こそ、ウソップは出ていった。

 サンジは火をつけない煙草の端を強く噛む。

 何一つ口にしないまま生きのびるための日数など仲間達には決して覚えて欲しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇ 87日目 ◇◇◇

 

 ついにその日がやってきた。

 出来るだけ先に、出来るだけ長くと延ばし続けた時は、それでもやってきてしまった。

 もうバスケットに入れられるような固形の食糧は無い。

 ピクルスをつけていた酢も、オイルも、調味料の類もすべてみんなで分け合った。

 最後の最後にと残していたアセロラの干したものも、昨日でなくなった。

 樽に残ったラム酒を過不足無いようカップに慎重に分けて、サンジはみんなをキッチンに呼ぶ。

「おーい、飯だぞー!」

 メシ、というのも憚られるようなメシだが。

 やってきた仲間達に、カップを一つずつ手渡す。

「これが最後の食料だ。じっくり飲んでくれ」

「水は?」

「後少しだけ」

「まー、そんなに気にすんなよサンジ!明日には陸地が見付かるかもしんないしな!」

 あはは、と笑うルフィのすごいところはそれが気休めではなく本気で言っているところだ。

 だからそうだなとサンジも笑い返すことが出来た。

 それぞれがカップを持って出ていく中で、仏頂面の剣士だけがなぜかキッチンのテーブルに残っている。

「どうした、マリモ。駄々こねても酒はそれ以上でねーぞ」

 無言のまま、カップがずいと押し戻される。

「だからもうねーって」

「違う。これはテメェが飲め」

「は?」

 思いがけない言葉にくわえ煙草がぽろりと落ちてしまう。

 つい習慣で口にしてしまうが、弱った体に煙草の毒は強すぎるのでこのところ火はつけていない。

「……そりゃてめーの分だろ」

「じゃあ、テメェのぶんはどこにあるってんだ」

「………」

 まさかマリモに言われるとは思わなかった。という驚愕を籠めて見つめると、不機嫌そうな男の眉間に皺が寄る。

「それはやる」

「あ、おい、ゾロ……!」

 それだけいってさっさとゾロは部屋を出ていってしまった。 あっけにとられてサンジはその背を見送る。

「………おいおいおい。藻に気遣われちゃったぜ」

 唸るようにそう言って、カップを手に取る。とろりとした金色の液体が、カップの半分ほどを占めていた。

 それが必要だと、身体中の細胞がざわめきはじめる。

「……修行がたんねぇなぁ……オレも」

 この間ウソップを止めたのはどこの誰だというのか。

 金色の酒を一口含めば、それは飲んだことのない様な甘さでじわじわと身体中にしみ通っていった。

 時間を掛けて、一口ずつ飲む。

 残った一滴を毎日少しだけ自分の飲み水を分けている窓際のローズマリーにかけてやった。  

 

 

 

◇◇◇ 97日目 ◇◇◇

 

 水が尽きた。




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