◆眩い光に映える◆《オリジナル/明里×イチ》

 

 昨日は雪が降った。

 都心の交通機能を麻痺させ、数々のささやかな事故を起こし、年の暮れも間近という一年で一番忙しい街に悲鳴をあげさせた雪は、今朝になってもしっかりと残っている。

 冷え冷えとした空気が障子の隙間から滑り込んできて、イチはうんざりして顔をしかめた。

 寒いのは不得手だ。

 堪えられない事は無いが、それでも苦手には変わりない。

 少しでも布団から手足を出せばすぐに冷え切った空気が噛み付いてくるのはわかりきっているので、どうしようかとイチはもぞもぞ天井を向く。

 今は朝だけれど今日の予定は特に無い。

 このまま、もう一度目を瞑ってしまってもいい。

 イチとさくらに甘すぎるほど甘い男は、多分昼まで寝ていても何も言わないはずだけれど。

 ため息をついて、イチは布団からまるで脱皮するようにするりと抜け出した。

 とたん、骨まで凍らせるような冬の冷気がネルのパジャマを通して染み入ってくる。ぶるりと震えてイチは自分が抜けたあとの布団の穴を押さえつけるように閉める。

 中では巴が眠っているからだ。

 寒くなってからこっち、この三毛猫はすっかりイチの布団を自分の寝床と決め込んでいる。最初は寝返り一つ打つのにも緊張して嫌だったが、慣れてしまうと湯たんぽ代わりになってなかなか暖かい。

 手早くタートルネックのシャツとグリーンのセーターを着込み、まだもう一つの布団で眠っているさくらを起こさないようそうっと障子を開けて、するりと廊下へ滑り出る。

 板の間は氷のように冷たい。

 部屋に面した広い中庭は目を疑うほどに真っ白で、眩しさに一瞬目を眇めてから、今度は驚いて目を見開いた。 

 一瞬ためらい、それからきしきしと音を立ててガラス戸を引き開ける。

 冷え切った朝の空気、頭の奥の眠気まで吹き飛ばすような冴えきった冷気がイチの顔を叩いた。

「……なにしてるんだ。あんた」

「あ、イチ。おはよう」

 中庭で、明里が笑って手を振る。

 その向こうの雪ぼうしを被った木々の間から、イチを認めた茶々丸が飛んでくる。

 ワン、という声は、多分おはよう、だろう。

「まだ寝てても良かったのに。寒いだろう」

「……その寒い中であんたは何をしてるんだよ」

「そりゃ、雪だるまを作ってるんだよ」

 みたまんま、と男は笑っていう。

 その笑顔に思わず頭痛を覚えてイチはその場にしゃがみこんだ。

「……あんた、いくつだよ」

「26だけど。いいじゃないか、ハタチすぎたら雪だるまを作っちゃいけないって法律があるわけでもなし」

 よいしょ、と明里が大きな雪だるまの頭を抱えあげる。玉砂利で目をつけ、小枝で口と手、ニットの帽子をかぶせたらイチの肩ほどもあろうかという巨大な雪だるまは完成だ。

「ほら。可愛いだろ、イチ」

「………」

 あいにく、雪だるまを可愛いと思う感性をイチは持ち合わせていない。

「せっかくの雪なのに、茶々が全部踏み荒らしちゃうんじゃもったいないからさ。それに今日、真と兄さんが来るっていうし」

「………今日?」

「そう。狐原が心配なんだろ」

 ちょっと前ヤクザの内紛に巻き込まれて怪我を負った狐原は、打たれ強そうな性格どおりに身体も丈夫でさっさと仕事に復帰している。

「真が来たら、ぜったい雪だるまを作り出すだろうしね。先んじておこうかと」

「………大人げない」

「いいじゃないか。きっと真は、これより大きいのをつくろうって躍起になるよ」

 あはは、と大人げない叔父が笑う。

「さぁて。イチも起きたし、朝ごはんにしようか」

「じゃあ、さくらを」

「起こさなくていいよ。ゆっくり寝かせておいてあげよう。……本当はイチも、もっと寝ててもいいんだよ」

「………」

「寒いの苦手だろう?」

「……別に」

 気づかれていたとは思わなかった。

 イチは惑って、明里の作った雪だるまに視線を移す。玉石で黒々と丸い目をした雪の精は、朝日に照らされてきらきらと眩しい。

「たまには2人きりでごはんっていうのも、いいね」

 半分だけ雪のかかった沓脱ぎ石に長靴を置いて、明里が廊下に上がる。

 手袋をしていなかった手は、冷えて、真っ赤になっている。

 思わずイチはその手を取った。

「イチ?」

「……冷たい」

「うん。手袋を取りに行くのが面倒で」

「子供みたいだな、あんた」

「そうかな」

 何をしているのかと我に返って、すぐに指先は離れる。冷えた感触はまるで手に降った雪が溶ける様にじわりとほどけた。

「さ。ごはんごはん」

 広い明里の背を追いながら、イチはちらりと後ろを振り返った。

 真っ白な庭に、きらきらと光量を増す太陽に照らされて、一人の雪だるまだけがぽつんと立っている。

スノウマンの相棒が出来るのは、あと何時間か後の事になる。

 

                                2006/05/09

オリジナルでございます。…本編を読んでいらっしゃらない方には実に不親切な文章。3のエンディングの直前ですね。
 イチと明里はまだまだ成長中で、この先のいろんな事を書けるといいなぁと思っております。…あ、真も成長中です。あのこの二十歳になった姿とか書きたいものです。とても美人になる予定ですが高校生くらいには背ばっかりすくすく伸びてがりがりで格好良く、きっと下級生から山ほどチョコレートとかもらうでしょう。…女子高に入れるってのもいいな。お姉様とか薔薇とか薔薇のつぼみとかロザリオとか萌え…!!(<別世界)
あ、やばい、本気で真主人公の話を書きたくなってきた。