◆遥かな野◆《ハリーポッター》


 外では冬の嵐が轟々と荒れ狂っている。

吹きすさぶ風の、空を裂くような軋りと叫びの間に、遠吠えを聴いた気がしてふとリーマスは視線を上げた。風に叩かれて歪むガラス窓の外には、どこまでも煤けた荒野。

暗い雲が覆い被さって、その遥かな地平と空の堺を曖昧にしている。

凍るような雨はけれどまだ雪になるには早く、いっそこの視界の全てが白く染まってしまえばと願う心は置き去りにされたままだ。

どこかで、遠い狼の声。

胸の奥の、忌んでやまない一部をどうしようもなく掻き毟られるのは、この曇天の向こうに昇る天体がもうすぐ真円を形作るからだろうか。

人の領域から遠く離れたこの小屋、たとえ狼の脚で一日中駆け続けてもまだ人の里にたどり着かないこの荒野で、リーマスは満月を過ごす。

もう何年も繰り返した事だ。

『さぁ、今夜はパーティだ!どこへ行く、諸君?』

 激しく肩を震わせて、リーマスは視線を荒野の果てから引き剥がした。

 いつでも陽気で、少しばかり自信過剰な彼が、たった今背後に立ったかのようだった。

 名を呼ぼうとしてけれどその行為の空しさにすぐに気づき、頭を振って耳の奥から彼の……彼らの声を追い払う。出来はしないとわかってはいたけれど。

「………はは」

 掠れた笑いを漏らし、小さな木の卓に顔を伏せてもう地の果てを見ないように、リーマスは眼を閉じる。

否定することに、疑うことに、憎むことに疲れた。忘れようと空しい努力をしたこともあったけれど、そうするにはあの日々はあまりにも輝かしかった。あの学校での日々、友人達と過ごした時は美しい思い出としてこの胸に刻まれていて、いまとなってはそれは呪いのような深い疵だ。

 

轟、と風が鳴る。

閉じた瞼の奥で、見たことも無い満月の光が浩々と照っている。

………いいや、見たことも無い、というのは偽りだ。いつでも狼の眼、狼の皮膚、狼の思考で、リーマスはその光を受け取っていた。

変化したところでリーマスはリーマスなのだと真実気づかせたのも、あの三人の友人達だった。

そうでなければ、何故満月の夜の遊戯の喜びを覚えていられるだろう?

四人ならば全てが叶うと闇雲に信じた頃があった。

 愚かさの中で自由だった、あの日々。

 あの記憶だけが今リーマスをこうして繋ぎとめている。

 

伏せていた顔を上げ、リーマスは、もう一度荒野のその遥かな先を見晴るかす。

その果てへと駆けていき、此処ではない場所で、自分ではないものになってしまいたいという抗い難い衝動はいつでもこの胸を掻き毟るけれど、美しい絵のように一連なりになったたくさんの記憶と空の果てではまだその残骸が一つだけ呼吸をしているという現実がこの狼の脚を留める。

彼方の遠吠え。

「………行かないよ。私は」

 呟いて眼を伏せる。

 どんな孤独が、思い出の骸が、憎悪にすらなれない哀しみが積もっていったとしても、かろうじて引っかかっているこの人の世の端から零れ落ちるわけにはいかない。

 

 今夜には満月がやってくる。

 

2005/11/29


 ハリーポッターでございます。何を唐突な!と思われるかもしれませんがかなりずっとハリポタが好きなのです。
 読み専でしたがせっかく100題なのでちょっとだけ。
 実のところ一本書きたい長編もあるのですがあんまり救われない話なのでなにか機会がなければ書けない感じ。
 そしてルーピン先生が大好きでございます。あのくたびれたオヤジっぷりが素敵です。児童文学にあるまじきちょっともご都合主義で間に合わせようとしないシビアさを書きつづけるローリング女史が果たして彼を最後にどう扱うのかがとてもとても恐ろしいのですが、
出来ることならルーピン先生にはあのまま、誠実で穏やかで哀しみを良く知っていて、けれどそれに潰されない強い人でいてほしいものです。