◆硝子細工の恋◆《遊戯王/海城》

 

 童実野町は海に面している。大きな街なので奥に住んでいれば普段はそれほど気にならない海の匂いは、時折夕暮れの沖からやってくる風と共に鼻先をくすぐる。

 港には大きなタンカーや客船が行き交い、物資や人を運んでいた。

 沖を行く船のその黒い脇腹に刻まれたアルファベットを見て、城之内はかすかに眉をひそめる。

 KC、というのは彼の一応恋人の会社だ。

 何故一応がつくかというとそれはそのタンカーを見て眉をひそめずにはいられない理由と同じで、この数ヶ月というもの城之内は常に自分の選択について自問自答する羽目に陥っている。

 すなわち、彼を恋人だと認識した理由と結果について、だ。

 

 ざくざくと足元で砂の鳴る浜に城之内は一人きりだった。

 海に面しているというのに港ばかりのこの街で海水浴のできる砂浜は此処一つきりで、普段は多くいる子供たちも今は見当たらない。まだ夕焼けに早く、昼下がりには遅い、この時間のせいだろうか。

 遠くに、黒い犬を連れて散歩をしている男が一人いるきりだ。

 それは孤独と変わりなく、城之内は黒いタンカーの往く水平線を遠く見やって眼を細める。いつでもがさがさと騒がしい生活の中の、一時の沈黙。

 常に人の輪の中にいて一番に騒いでいるのが当たり前のような彼の、こうした沈黙に馴染む顔を知る者は少ない。

 ざくざく。

 ざくざく。

 予定が無い、ということがあまり無いので、店の都合で不意に出なくて良くなったバイトの時間を城之内は少し持て余している。

 海に足が向いたのは潮風に惹かれたからだ。

 打ち寄せる波打ち際は様々な塵と白い泡が浮いて、とても真夏に海水浴ができるとは思えないほど濁っていたけれど、繰り返し響く音は不思議と耳に馴染んだものだった。

 そういえばこの水の名をあの男は持っている。

 また思考が戻って、堂々巡りにため息をついた。いちいち海を連想させる名前を持った城之内の恋人は、今日もどこかで部下を怒鳴りつけながら奔走しているだろう。

 怒鳴り声どころかあの甲高い笑い声まで耳に帰ってきて、城之内は思わず頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

「………なんだってオレは」

  居たたまれなさにじりじりと砂に文字を書いて、意味を成さないその羅列の中で不意にかちりと爪に当たる感触に気がついた。

きらりと傾いた太陽をはじき返し、城之内の造った溝の中で砂でも貝でもないものが顔を覗かせている。

「なんだ…これ」

 掘り返したそれは青い色をしていた。

 指先で支えて陽に透かせば、一面についた疵がちかちかと瞬く。

 鋭利な角も冷ややかな面も全て砂に削り落とされて、鈍く半透明に輝く細かな疵だらけの青い硝子が城之内の手の中に収まった。

「へぇ……綺麗なもんだな」

 感心して城之内はそれを試すすがめつ眺め、やがてポケットに落とし込む。

 海で洗われた硝子は、こんなに綺麗になるのだと誰かに教えたい気持ちで。

 静香に。

 遊戯に。

 それから。

「………いや…ふん、で、終りだろ……」

 機能的、実際的なこと以外に一切興味を示さない整いすぎた白い顔を思い出して城之内はまた頭を抱えそうになり、こらえて砂浜を歩き出す。

 ざくざく。

 ざくざく。

 

 千億の砂の粒が、彼の足跡を形作っていた。

 

 05/11/08


お題その一。まず21番目から始めるとは何事か。
でも許されるよなきっと…。
海で洗われた硝子はシーグラスというそうです。
水のものは魂が宿るから持って帰ってはいけないといいますが、そうだったら城之内ったらあら大変。