この、完全なる夜に   1









「本当に、オレが欲しくないのか?ドン・ゾロシア」

 白い壁の部屋。

 悪趣味と紙一重の真っ赤な革張りのソファ。

 人の顔ほどもある真っ青な花をつけた鉢植え。

 壁に掛かった極彩色のタペストリー。

 そして真っ黒なドア、天井。

 すべてがちぐはぐな、違和感を感じさせる豪奢な部屋の、ソファとそろいの真っ赤なベッドの上でサンジーノがそう言った。

 時刻は夜半を周り、諍いの絶えないこの猥雑な街も一時の眠りについている。

 夜にしか生きられない者達は闇に紛れて密やかな呼吸を繰り返しているだろう。

 テーブルに置かれた酒も、落とされた照明も、ベッドヘッドで赤いシーツを艶めかしく照り返す洋燈も、空気や時刻さえ、理性という薄い膜を一枚一枚削いでいくための演出だ。

 サンジーノが薄い唇にうっすらと笑みを浮かべ、脚を組み替えた。

 骨の浮いた形のいい膝小僧が露わになる。

 膝からすっと伸びた向こうずねもくっきりと浮いたくるぶしも、その先に続く足も男のものでしかあり得なかったが、その形のすべてに欲情した。

 嫌な男だ。

 自分の身体の使い方を知っている。

 ある種の男達にとって自分がどういった効果をもたらすかを熟知している。

 この男の片目が潰れていようがいまいがそれは同じで、むしろ彼の顔に刻まれたその傷こそがある意味で彼を完璧な存在にしていた。

「ゾロシア」

 サンジーノが誘う。

 彼にとって何の価値もないものをただ投げ与えるために。

 ボトルごと置かれた血のように紅いワインをゾロシアは飲み干した。

 芳香も舌触りも後味も、喉を駆け下るなめらかささえ文句のつけようのない一品を、ゾロシアのために用意したのはサンジーノだ。

 最後の一滴まで飲み干してボトルを置き、ゾロシアは口を開いた。

 

 










 

 港町エル・ファノはこの国の経済の中心部にあたる。

 巨大な船舶が停泊できる水深の深い港を持ち、多くのカンパニーが空に聳え立つビルを建設し、各都市の主要な道路はすべてこの港町が起点となっている。

 この国に出入りするありとあらゆる商品がこの港を通過する。

 民衆の喩えて曰く、善きもの悪しきものすべからくエル・ファノの門をくぐる。

 この街で一日に動かされる金は莫大なものだった。

 金のある場所には人が集まる。人はやがてそれぞれの利益のために寄り集まって組織を作る。組織はうまく機能すれば街をより大きく発展させる原動力になり、悪くすれば街を滅ぼす。

 エル・ファノを現在取り仕切っている組織は四つ。

 表の顔はエル・ファノ商工会。

 どの国からの貿易船であろうと、この商工会の許可証を得ない限りこの街で商売は出来ない。

 そして裏の顔は三つ。

 俗にエル・ファノのケルベロスと囁かれる三つの組織。

 この三ツ首の関係はお世辞にも良好とは言い難かったが、血を血で洗う抗争は数年前にようやくけりがつき、今現在はうまくバランスをとっているようだった。

 あるいは近頃力を付けてきた外の敵に対抗するためなのかも知れない。

 この豊かな街を牛耳って甘い汁を吸おうとする組織は枚挙に暇がないし、そのどれもがケルベロスの隙を虎視眈々と狙っている。 

 内輪もめをしていてはいつ喉笛に食いつかれ、そのまま引き倒されてしまうかわからない状況なのだ。

 『ケルベロス』の首は三つ。

 一つは港付近を根城にする『キング・オブ・シー』。

 もう一つは町の中心部を根城にする『ジュデッカ』。

 そして最後の一つはダウンタウンを根城にする『マーシーズ』。

 どのファミリーもそれぞれの方法でこの街を護り、整え、そして搾取している。

 エル・ファノは、混沌と猥雑と、そして活気と美が入り交じった賑やかな港町だった。

 








 

 

「オレはテメェを抱かねぇ」

 そう言ってやったら、サンジーノは心底不思議そうな顔をした。

 人を読むのに長けた男だ。

 ゾロシアが彼に欲情していることなどとっくに読まれているのだろう。

「なんでだ。言っとくが特別サービスだぜ?オレは今日機嫌がいいんだ。あとで後悔しても二度とこんなチャンスはねぇからな」

「そうだろうな」

 彼の過去を知る者はいない。

 サンジーノの腹心の部下、チョパリーニならばあるいは知っているのかもしれないが、彼はそう言ったたぐいのことを一切話さない。

 彼は四年前この港町に現れ、三年前『ジュデッカ』を継いだ。

 頭の切れる、そして怖ろしく強い男だ。

 この港町で誰も知らない彼の過去を、ゾロシアは、ほんの欠片だけ知っていた。

「だが、オレはテメェを抱かねえ」

「………ふーん」

 鼻先で笑ってサンジーノがベッドに転がった。

「じゃ、出てけよ。つまんねぇ」

「………酒が無くなったらな」

「どんだけ飲む気だよ」

 ワインはまだ五本ほど残っている。

 あーあ、とわざとらしく声を上げてサンジーノがベッドの上に腹這い、手を伸ばした。

「オレにも寄越せよ」

「ほらよ」

「グラスに注げっつの。ビンごとじゃねえ」

 いちいちうるさい男だ。

 面倒くさくなって両方投げてやったら、ベッドに転がったまま器用に受け止めた。

「あっぶねえな。投げるなよ、お気に入りのグラスなんだ」

 いい音だろう?爪の先でグラスを弾いてサンジーノが笑う。

 楽器のように高く澄んだ音は思うより大きく響いて、天井に跳ね返った。

 投げたワインは白だった。ワインクーラーで舌先が痺れるほど冷えたそれを一口飲んで、上等だ、とサンジーノが満足げに呟く。

「ゾロシア」

「なんだ」

「テメェ、オレを抱く気がねえならなんでこんなとこまで来たんだよ」

「………酒飲むためだろ」

「…………酔い潰れたら寝首を掻いてやるからな」

 物騒な台詞の奥に隠れた稚気に思わず失笑する。

『ジュデッカ』と『マーシーズ』は仲のいい組織とは言い難いし、互いに血の恨みを持つものも多い。

 そのボスがこうして仲良く酒を酌み交わしていることを快く思わない者も当然いるだろう。

 それでも、ゾロシアはサンジーノと争う気には今のところなれなかった。

 

 

 黙ってワインを飲む。

 相手に注いでやるような気遣いもなく、ただ互いに一人きりのようなこの場所の、居心地は悪くはなかった。

 

 

                                                                      09/01/18  

 










こんな感じで、マフィア始めました。
オリジナルにもほどがあるな!
これね、一本にしたらたぶんすっごい長い話なんですけれどもそこまで書けなさそうなのでね、書きたいところだけ拾い書きしちゃおうかなーと思って…。サイトってそういうやりたい放題が許されるのがいいとこですよね!
なぜ一本で書けないかというとたぶんサンジ君の別人ぷりに根性が尽き果てるからです。まあそれも同人の醍醐味ですよね。
そんなわけでよろしければご覧くださいませー。